第38話 主夫の朝は早い。

「じゃあおにーちゃん、林間学校行ってくるから」

「おう」


 朝4時起きで千佳のお弁当作りをした為に非常に眠い。

 林間学校などの宿泊施設を利用する場合、普段より衛生面を考えなくてはならない。

 施設で容器を洗ったり出来なかったりするし、使い捨ての容器でも施設でのゴミが大量になる為その場では捨てられないケースがある。


 加えてハイキングなどで長時間外を歩く可能性から食材などが傷まないように保冷もしっかりしておかなければならない。


 運動会や体育祭などは保護者などが見に来てその日のうちに帰るからそこまで後処理に気を使うことはない。

 普段持たせている学校で食べる弁当も同様。


 アフターケアも考えるのが主夫の役割なのである。

 つまりまじでねむい。


「あ」

「なんだ? 忘れ物か?」

「おにーちゃん、連れ込んでいい女の子は美羽さんだけだよ?」

「ん? まあ、料理教えてるのは天使さんだけだし、そうだろ?」


 黒須さんが強引に入ってこないとは言いきれない。

 その為、この土日に僕が家に一人でいる事は伝えていない。死活問題であるからだ。


「ヤるにしても避妊してね?」

「……そりゃ火の確認は専業主夫の基本だろ。火事になったら家事できないどころじゃない。専業主夫が仕事場焼いたらやばいだろ」


 どれだけ眠くても家が燃えるとか考えただけで冷汗ものだ。

 ただでさえ現状は真乃香さんに養ってもらっている状態なのに、家燃えるとか今後の人生設計に関わる。


 ……考えることが多すぎて頭痛くなってきた。

 こころなしか寒気もする。


「……全然噛み合ってる気がしないけど、まぁいいや。じゃあおにーちゃん、行ってくるね〜」

「お〜う」


 ねむいだるいさむい。

 今日はこの後天使さんたちとランチして夕方には黒須さん家で料理。


 基本的に家事と勉強しかしてこなかった僕にとって忙しいスケジュールと言っていい。

 だが疲れている場合ではない。


「掃除、しますか……」


 イヤホンを装着し音楽を耳に垂れ流しながら掃除を始める。

 ラジオを流す時もあるが、気分的には音楽がいい。


 普段からキッチンは綺麗だが、その他はだいたい適当にかしていない。

 というか学校から帰ってきてからでは無理だ。

 基本は土日などの休みの日にしかしない。


 夜に掃除機をかけるのも近所迷惑になりかねない。

 専業主夫は周りとの付き合いも上手くやっていかなければ生活出来なくなってしまうのだ。


 幸いにも近所の主婦たちからは「若いのに頑張ってるわね〜」と言われているポジションに収まっている。

 なんならたまに肉じゃがとかくれるし、こちらも作り過ぎた料理などをお裾分けしたりもしている。

 持ちつ持たれつ。


 戦わずして勝つ。

 これが専業主夫をする上で最も大事なのである。


「まあ掃除はこんなもんだろう」


 春も終わりを迎えてもう少ししたら梅雨が来て夏。

 若干汗ばんだため、シャワーを浴びてランチの準備をしなければならない。


「あ……何着て行こ……」


 シャワーを浴びながら考える。

 普段はあまり外室はしないし、スーパーに行く時は基本学校帰り。

 土日の休みでは大抵がジャージ。


「千佳には「致命的に私服センスがない」と言われてるんだよなぁ」


 なんなら私服を買う時は千佳が選んでいる。

 そして金を出すのは真乃香さん。

 真乃香さん自体はオシャレな服なのだが、僕に着せようとする服は執事服とかタキシード。

 しかもコスプレ衣装っぽい。


 なので僕は千佳のコーディネートでなければ他人と外を出歩くのが困難なのである。

 天使さんと行ったピクニックの時も千佳大先生のコーディネートだった。

 一応天使さんの母親とも会うのだし、千佳にコーディネートの依頼をしておくべきだった……


「まあ、しょうがないか。前に千佳が着せた服と真似すればどうにかなるだろう」


 堅苦しいお正月なわけではないし、そこまできっちり気を使わなくてもいいか。

 依然体調もよくないし、そもそもまともに考えられない。

 適当に着てみて後で千佳に写メ送って合格通知をもらおう。


「……さっぱりした」


 身体を拭いて髪を乾かして自室へ。


「お?」


 ハンガーに掛けられた服一式と置き手紙。

 筆跡は千佳だ。


「「これを着て美羽さんとのランチは行くように!!」……愛してるぜ千佳」


 なんでランチの件を知ってるのかは知らないが、たぶん天使さんとの個人的なやり取りで知っていたのだろう。


 これで恥を掻かずに済む。

 助かった。

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