第36話 胃が痛い。

 黒須さんに殺されかけた次の日の学校。


「本部さん」「本部さん!」「本部さん♪」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」「本部さん」



 ……モブとクラスの美少女。

 常に付きまとう黒須さん。

 移動授業の度に後ろにくっついてくる。

 トイレに行こうと立ち上がると着いてくる。

 体育の授業も更衣室のぎりぎりまで着いてくる。


 ドラクエじゃないんだからさ……


 前日までそんな事はなかっただけにクラスのみんなが僕を見る。

 ひそひそと「媚薬でも盛ったのか?」とか言われる始末。媚薬なんて存在するのかそもそも。

 異世界のアイテムの話だろ?


 てか媚薬なんてあったとして、そんなもん買うよりスーパーでお買い物してるわこちとら主夫やぞ。


 ……はぁぁ。胃が痛い。


 そしてまだようやく午前中の授業が終わったばかりという悲劇。

 天使さんからも変な目で見られたし、桃原も怖がって近づいてこなかった。


「本部さん、一緒にお昼食べましょう」

「……わかりました」


 正直、教室で弁当を食べられる気がしない。

 その為お弁当を持って場所を移動する事にした。

 適当に歩きながらお弁当を広げられそうな場所を探す。


「そういえば本部さんは料理部には入らないんですか?」


 廊下の掲示板に張り出されていた部員募集の張り紙を見て黒須さんが話しかけてきた。


「……料理部には入らないかな。僕はあくまで専業主夫ですし」


 部活なんてしててスーパーの特売を逃す訳にはいかないのである。

 家計を預かる主夫として、そこは是が非でも死守したい。


「黒須さん、ここで食べましょうか」

「はい!」


 今や立派な僕のストーカーだが、流石は美少女。

 笑った顔はそれでもグッとくるものがある。

 ストーカーでさえなければ。


「でもいつもは教室でしたよね? どうして中庭で?」

「……聞きたい事が色々とあったので」


 このままでは僕の高校生活が危うい。

 病んでしまいそうだ。


「本部さんからの質問ならなんでも答えますよ。スリーサイズから性癖までなんでも」


 近い。とっても近い。

 なんなら肩が触れてるのよ。とにかく近い。


「……そこはまあ、大丈夫。聞きたいのはですね」

「はい」

「あ……まず、これ食べてみてください」

「いいんですか?!」


 とりあえず差し出したのはだし巻き玉子。


「美味しいです本部さん‪♡」

「さいですか」


 僕が次に差し出したのはミートボールである。

 これは冷凍のやつを手間を加えずそのままである。


「……お、美味しいです本部さん」


 今のは味がしなかったようだ。

 冷凍食品には反応しないのか?

 それでも食べる黒須さんの根性たるや。

 いや、そもそも普通にご飯自体は食べているのだ。

 味がしないのが黒須さんの今の普通なのだろう。


「じゃあ次はこれを」


 次はベーコンとほうれん草のソテー。

 冷凍食品のベーコンとほうれん草をバターで炒めて胡椒を少し振っただけだ。


「美味しいです」


 これは味がするらしい。

 味がしない時には僅かにだが無理やり飲み込んでいるように見える。


「僕も黒須さんのお弁当、少し頂いていいですか?」

「いいですけど、大丈夫ですか?」

「なにがです?」

「その……レシピ通りに作っているのですが、味覚がないので味付けが大丈夫なのかどうかわからなのです」

「とりあえず食べてみます」


 心配そうに僕の顔を覗く黒須さん。

 咀嚼して味を確かめる。

 薄い。

 レシピ通りではあるらしく確かに味はする。

 それでもやはり健常者が作る料理ではない。もしくは極端に薄味が好みなのか。


 しかし本人は味覚障害と言っている。

 薄味が好きなら僕のお弁当のおかずを食べたならさぞ味が濃く感じるだろう。


「だし巻き玉子の味はどうでした?」

「お出汁がしっかり効いててとっても美味しかったです」

「ミートボールは? 味、しました? 正直に」

「…………粘土を食べてるような感覚でした」

「ソテーは?」

「塩気が効いていてお米が進む味で美味しかったです」


 出汁や塩気は感じるようだ。

 どちらも塩分ベースの味。

 ミートボールは甘いソースが絡まっているし、どう間違っても味のしない粘土ではない。

 塩気などは感じるのか、それとも甘い味に反応しないのか。

 はたまたそれとも僕が少なからず手間を掛けたものに反応しているのか。


「黒須さんは、元々は味覚はあったんですか?」

「はい。小学生までは……」


 そう言って黒須さんは口を閉ざした。

 胸につっかえて言葉が出てこないような、そんな表情。


「無理しなくていいですよ」

「……ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 怯えたように肩が震わせる黒須さん。

 黒須さんに何があったのか。

 どうしてこうなったのか。


 調べないといけない。

 そうでなければ、僕に平穏は来ないのだろう。


「大丈夫ですよ。大丈夫ですから」

「……ごめんなさい」


 僕の隣に、完璧な副委員長はいなかった。


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