第35話 お礼。
黒須さんに殺されかけたその日の夜。
死にかけて疲れても家事をするのが専業主夫たる僕の信条である。
というか、そうしないと家計費に関わる。
「…………つかれたぁぁぁ…………」
久々に浸かるお風呂。
心身ともに染み渡る暖かさである。
普段は湯に浸かる習慣なんてないが、今日はさすがにゆっくり浸かりたい気分だった。
「……それにしても、なんなんだ……」
味覚障害だと黒須さんは言っていた。
泣いてしまって詳しい経緯などは聞けていない。
元から味覚障害なのか、後天的にそうなったのか。
もしも、何かしらの理由や病気、事件などで後天的に味覚を失ったのだとしたら今回のような「美味しそう」という感覚に執着する理由もわからなくはない。
もう食を楽しめないと思っていた状況で僕の弁当が美味しそうだと思ったのなら、それはきっと黒須さんが
三大欲求のうちの食という文化。
それを失うのは考えられる範囲でも苦痛なのだろう。
「でも味覚を失って、僕の弁当を見て美味しそうだと感じるってなんかちょっと変だよな?」
食べてみて味がする、と感じるならわからなくはない。
それを見て美味しそうだと感じるというのは視覚的にも何かしら障害があるのだろうか?
ここ1ヶ月ほどの高校生活で黒須さんの色覚異常を不審に思った事はない。
奇妙な話だ。
それそこナイフ片手に聞き出そうとするのはどう考えてもおかしい。
「……まあ、そのうちわかるか……」
浴室の天井を見上げて考えを放棄する。
考えても仕方がない。
天使さんとの料理といい、今回の件といい、僕が教室で弁当を食べてしまったが故にこうなっている。
……普通、教室で自作の弁当食べただけでこんな事になるなんて誰が想像できるのか。
「……毎週土曜、黒須さんのとこに通わないといけないんだよなぁ……」
通い妻改め通い夫状態じゃないか……
考えただけでしんどい。
いつ刺されるかもわからない状況で料理。
ナイフ片手に裸エプロンとか要求されたらどうしようか。いやさすがに無いか、そんなこと。
誰得だよって話。
「おにーちゃん、美羽さんから電話来てるよ〜」
「……そうか」
疲れきっているため、ノックくらいしろよとツッコミを入れる気力はなかった。
そのままスマホを受け取り履歴を見る。
5分程前に来ていた天使さんからの着信。
とりあえず折り返し電話を掛けてみる。
『もしもし? 本部くん?』
「はい。どうしたんですか?」
『あ、ごめんね。お風呂だったみたいだね。切ろうか?』
「大丈夫ですよ。それで、どうされたんですか?」
つい数時間前に殺されかけているからか、天使さんの声がまじで
そうか、やっぱり死ぬのか。
安らかに逝けそうだなぁ……
『うちのママがね、いつも料理教えてくれてるから今度お礼がしたいって』
「いえ、別に大丈夫ですよ。僕も勉強になってますし」
どう考えてもなんか気まづい。
天使さんママと何を話せと?
浴槽の黒カビ落としが大変ですよね〜そうなのよ〜みたいな主婦・夫あるあるとかか?
いや、天使さんママはバリバリ仕事こなしてて普段は天使さんが家事してるっていうし、そもそも「母親」と言う存在と話す機会ってあんまりないから余計にわからない。
いやまあ、スーパーの店員さんだって誰かしらは誰かのママさんだったりするんだろうけども。
『いいじゃん本部くん。あたしは、本部くんと一緒にお食事したいし…… 』
「お食事、ですか」
『そう! この間駅前に出来たお店があって、そこなんだけど』
「ああ、あのお店ですか。……確かに気になる」
『でしょ?! よし! じゃあ行こう本部くん! ママに伝えとくね!!』
「あ! いやまだちょっ…………切れた」
なしくずし的にお食事会が決まってしまった……
中学までは、こんな風に予定が埋まってくことなんてなかった。
本当に、色んな事が変わってく。
「……まあ、仕方ないか……」
そう呟きつつも、天使さんとの食事が楽しみな自分がいた。
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