第34話 お弁当。
「なにか飲みますか。奢りますよ」
「……ありがとうございます。では、紅茶を」
自販機で買った飲み物を片手にふたりで寂れた公園のベンチに座った。
……気まづい。
「……」「…………」
黒須さんは言った。
少しお話していきませんか? と。
なにを話したらいいんだ?
接点と言えるようなものは少ない。
「本部さん」
「はい……っ?!」
突如襲いかかってきた黒須さん。
どこからともなく取り出した鍵を手に僕を押し倒し馬乗りになり、首元にその鍵を刺そうとしている。
「答えて、ください」
「い、いや。何をです、か!!」
これが仲良くなりたいとかのスキンシップだとしたら間違いなくイカれてる!
なんなんだよ一体!!
躊躇なく首の動脈とか狙ってるだろこれ。
しかも鍵の片側が鍵独特の形状とは違って刀とか包丁みたく刃状になっている。
「……だいたい……なんでこんなもんを……っ!」
黒須さんが持っているのは鍵型ナイフだ。
密林さんで調理器具を探して見てる時に見たことがある。
普通の家の鍵を開ける為の物と大きさは大差ないが、動脈を斬るくらいならできる刃渡り5センチ。
こんな物をなんで女子高生が持ってんだよ……
「答えてください。貴方は『背景モブ太郎』さんですよね?」
「……それに答えたら、なんなんだ?」
さっきの詮索の答えなのだろう。
インスタをやっているかという質問の違和感。
しかしさっきとは明確に違う。
明らかに僕が背景モブ太郎であると確信しての行動。
一介の投稿者如きの僕が、なんでこんな事になってるんだよ?!
「貴方のスーパーでの買い物、投稿間隔、
……前にスーパーで黒須さんと出くわした時、黒須さんは買い物カゴも持たずすぐにどこかへ消えた。
買い物カゴなんて無くても買い物はできるし、本来そこまで違和感なんてない。
ましては普通の高校生の買い物ならお菓子などの小さい物を買うだけ、なんてこともある。
「……どうして、僕がそうだと、思った?」
依然として突き付けられている鍵ナイフが鈍色に刃を光らせる。
身長自体は僕の方が少し大きいとはいえ、黒須さんはスポーツも優秀。運動能力的には完全に負けていると言っていい。
死を意識したこの状況ではこの格差はより顕著に僕の体力を削っていく。
「……お弁当が、美味しそう……だったから……」
そう言って黒須さんは泣き出した。
握っていた鍵ナイフは手から滑り落ち、僕にのしかかっていた状況からそのまま縋るように泣き付いた。
……意味がわからなかった。
☆☆☆
「……私、味覚障害なんです……」
しおらしく隣に座ってすすり泣く黒須さん。
隣というか、めっさ近い……
ついさっきまで殺そうとしてませんでしたか?
未だに怖いんですけど。
「……でも、本部さんのお弁当を見た時、美味しそうだと思ったんです。インスタをよく見てて、私が唯一美味しそうだと思ったのが『背景モブ太郎』さんだったから、直感で本部さんがそうだと思いました」
「えと、それで直感的にわかってたけど僕が知らないふりしたから強引に聞き出そうと鍵ナイフで脅したと?」
「はい」
いくらなんでも強引すぎるだろ……
下手したら死んでたんですが。
「でも私、本部さんの事が好きなんです。性的に」
「………………」
どうしてこうなった?
ストーキングされてて殺されかけてそして今、告白されている。
てか普通、弁当見ただけで作った人が同一人物だとわかるものなのか?
どう解釈したって「美味しそう」は「美味しそう」だと思うが黒須さんの行動原理とかも意味不明だし、ストーカーだし殺されかけてるし。
今だってまだなんか刃物隠し持ってるんじゃないかとヒヤヒヤしてるのに告白されて冷汗が尋常じゃない。
ヘタに断ったら今度は刺される……
黒須さんは美人だしスタイルも良いがそんな事関係なくヤバい。
しかし黒須さんは僕に対してさらに追い討ちをかけてきた。
瞳を潤ませて僕の手を握り胸元に擦り寄せた。
「性奴隷でもいいからお付き合いして下さい」
……重い。そして怖い……
なんでこんなに必死なんだよ。
料理が美味しそうだったからって、性奴隷でもいいから付き合ってって明らかに異常だろ。
「……今は正直、家事と勉強で精一杯ですし、うちも家庭事情が複雑だしアレで……」
なんとか刺されないようにしつつ断る方法を全力で頭の中を探る。
それでも上手く断る方法は見つからない。
「ごめんなさい」
僕の人生において、告白された事なんてない。
上手くやるなんて無理だ。
ましてはついさっき死にかけている。
まともな答えなんて出てくるわけない。
名探偵でもヒーローでもない。
だってただのモブだから。
「そうですか……」
俯いた黒須さん。
その時、首元を舐められたような寒気が僕を襲った。
「で、でも」
今、言葉をなにか発さなければ死ぬと思った。
だけど、僕になにができる?
なにも出来なかったから今に至るのに。
「……料理、料理なら作ってあげられます。毎日は無理だけど」
「……いいんですか?」
「はい。というか、それくらいしかしてあげられませんし」
現状、上手く断れたとしてもストーカー状態である黒須さんが今後千佳や真乃香さんに対して危害を加えないという保証がない。
首の皮一枚繋げるにはこれしかない。
どうしてそんなに僕の料理に拘っているのかは全くわからない。
だが、味覚障害という苦悩があるのかもしれない。
それに対する飢えが黒須さんを苦しませているなら、その原因を解消できるのは僕だけという事になる。
「楽しみです。本部さん。ありがとう、ございます」
どうしてそんなに泣いているのか、僕にはまだわからない。
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