第33話 ふたり。
「疲れた〜」
見明さん宅での勉強会終わり。
夕暮れも沈みかけていて辺りはもう暗い。
「……僕は結局おままごとしかしてないので勉強が全然出来ませんでした」
「そのわりにお師匠は楽しそーにおままごとしてたじゃん」
「少しでも顔を曇らせると「どうしたのあなた? かいしゃでなにかあった?」とか聞くんです。子供のおままごとってもうちょっと簡単だと思ってましたが、あれは少しだけ『リアルおままごと』に近かった……」
「あ、うん。お師匠、なんかごめん」
結婚って、大変だなぁ。
そう思わされたおままごとだった。
「桃原くんもすみません。僕が離れたから男子1人だけになってしまいましたよね」
「あ、で、でも、黒須さんが丁寧に教えてくれたから」
「黒須さん。助かりました。ありがとうございます」
「いえ。私も勉強になりますから」
「てか黒須さんちょー勉強できるね! 聞いたらなんでも答えてくれたし。なんでも知ってるんだね!」
「なんでもは知りませんよ」
なんでもは知らないわよ。知ってる事だけ。
って言ってほしかったと心の中でこっそり呟いた。
「話は変わりますが、本部さんはインスタなどはされてますか?」
「え、いや、僕はやってないですが」
なんで突然、そんな事を聞いてきたのか。
咄嗟に着いた自らの嘘を、嘘ではないと言い訳で固める。
実際、僕という本部健はインスタなどやっていない。
あくまで背景モブ太郎。
僕ではない、しかし限りなく僕に近い人格がやっている。
言い訳にしてはとても苦しいだろうし、人の解釈によって同一人物と認識したりもするだろう。
いわゆる、中の人、であるからだ。
「どうして急に?」
なにか、ざわつくものを感じる。
黒須さんは何を知っている。あるいは知ろうとしている。
僕には墓場まで持っていかなければいけないような秘密なんてない。
スパイとか、そんな大層な存在ではない。
ただの一般人。これは本当だ。
ただ僕は、家事と勉強をしていたいだけの高校生でしかない。
インスタは料理を少しだけ楽しくできるようにする為のスパイス。
ただひっそりとやりたいだけなのだ。それだけ。
インフルエンサーみたいな影響力は要らない。
だって僕はモブなんだから。
「いえ、ただクラスでもやっている人がいると聞いて、気になったものですから」
「あたしはやってるけど、基本は人の投稿とか見てるだけだけど、見てて楽しいよ。黒須さん」
「桃原くんはやってないんですか? お菓子作りとかしてますし、作ったお菓子とか投稿してみるのもいいんじゃないですか?」
「ボ、ボクはべつに……」
あ、ちょっと興味ありそうな顔してる。
なんだこいつ可愛いな。
やっぱり桃原は女の子説が再浮上である。
「桃原君、作ったお菓子の写真とかある? 良かったら見せてほしいな〜」
「あ、うん……これ、とか」
「おおぉーー!! なにこれちょー美味そーじゃん!!」
キラキラと目を子供のように輝かせてお菓子の写真を見る天使さん。
困惑しつつも自分の作ったお菓子を褒められて満更でもなさそうな桃原。
誰とでも楽しげに話せる天使さんは眩しく感じる。
「あ、ボク、ここだから」
「お疲れ様です、桃原くん」
「桃原君、またね〜」
「さようなら」
「うん。また、学校で」
桃原が別れ3人。
もう辺りはすっかり暗い。
「ん、電話だ〜。もしもし、ママ? あ、うん。そ〜なの。うん。……あー、じゃ今から向かうね〜うぃ〜」
「親御さんからですか?」
「うん。今日は外食するから一緒に食べ行こって言われて。じゃああたし、こっちだから」
「お疲れ様です。天使さん」
「うん。またね! 本部くん。黒須さん」
「はい。さようなら」
そうして僕と黒須さんの2人だけ。
何を話していいか分からなくなる。
そもそもほとんど話した事はない。
分かれ道まではあと200メートルほど。
凛とした姿勢で隣を歩く黒須さんとこの200メートルは僕にとって精神的にキツい。
天使さんとなら、なにも思わなかったのに。
「本部さん」
「なんですか?」
「少しお話していきませんか?」
黒須さんが
いや、公園と呼ぶにはあまりにも遊具が少な過ぎた。
ベンチと砂場があるだけで、一人暮らし用の1Kくらいの広さ。
黄ばんだ街灯は怪しくぼんやりとその公園を照らすだけ。
「……親御さんが心配しませんか? こんな時間ですし」
「大丈夫です」
読み取れない表情をする黒須さん。
どうして僕と話したいのか、わからない。
さっきの詮索もそうだ。
「わかりました」
どのみち、僕に逃げ場はないだろう。
モブ1人に、何かから
モブはモブなりに、何事もなく時間が過ぎるのを祈るくらいしかできない。
始まった高校生活を穏便に過ごす為、僕と黒須さんはその公園へと歩みを進めた。
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