第24話 ふたりだけのピクニック②

「ご馳走様でした!」「ご馳走様でした」


 サンドイッチとラスクを食べ終えて紅茶でひと息。

 満ち足りた気持ちのまま、なんとなくお互いに桜に目をやった。


「沖縄では1月に桜が咲くんです。北海道なら今頃。東京はずるいですね」

「ここを知ってるのはあたしとママとパパと、本部くんだけだからさらにずるい説」

「お花見が好きな方に嫉妬されそうだ」

「だから内緒だよ?」

「分かりました」


 イタズラっ子のような笑みを浮かべて口元に人差し指をてがった天使さん。


「でもなんでそんな大切な場所に僕を?」


 天使さんのお父さんは亡くなっていると聞いていた。

 だとすれば、この桜を知っているのは天使さんのお母さんと天使さん自身だけ。

 家族だけが知っている特別な場所だ。


「本部くんなら良いかなって。まあ、お詫びも兼ねてるけどさ」

「お詫びという事なら僕も悪いのですが」

「ううん。本部くんはべつに悪くないよ。知らなかったあたしのせい。見てなかったあたしのせい」


 天使さんは桜を寂しそうに見つめた。

 僕には天使さんが何を考えて、何に悩んでいるのかわからない。

 言葉を通じて、身振り手振りで何かを伝えられてもその本質はわからない。


 どれだけ語彙ごいの多い日本語を駆使しても、隣で桜を眺める天使さんの気持ちは読み取れない。


「まあでも、ここに来たかったのは単純にこの桜を見たかったからだし、さすがに1人はあたしもなんか怖いし、それでも本部くんと一緒なら良いかな〜って思ったのもある」

「なるほど、桜と僕のお弁当を独り占め、ということですね」

「なんかそれだとあたしがすっごい食い意地張ってるっぽくない?!」

「僕と天使さんの最初の会話がそうだったじゃないですか」

「むむっ!! ……たしかに」


 納得がいっていないような顔をしつつ、食いしん坊疑惑を払拭できない恥ずかしさに葛藤しているのだろう。


「でも僕も、良いものが観れました」


 元々お花見をする習慣なんてうちにはなかった。

 遠巻きに眺めるくらいで、それよりも勉強と家事。

 高校入学の時も、桜を綺麗に思った記憶はない。

 つい1ヶ月前だったというのに。


「ふふん。でしょ」

「はい。ありがとうございます」


 本当に、ただのどかな時間。

 めまぐるしい1ヶ月だった。


「……天使さん」

「ん? どしたの?」

「……僕……」

「う、うん……」

「ねむいです」

「え、あ、うん、そだよね。お昼ご飯食べたばっかだしね、うん」


 休みだからと勉強と料理研究、家事を徹底し、ゴールデンウィーク中も働く社畜の真乃香さんの世話。

 なんだかんだとやる事をやっていて考えてみれば寝不足だった。


 ラスクが完全にトドメを刺しに来てるな、これ。

 血糖値爆上がりなわけだし、頭に血が行ってない……


「……ここに居ると、落ち着きすぎて眠気が……」

「どうする? 寝る?」

「……いやでも、ご飯食べてすぐ寝ると、牛に……」


 ドカ食いした訳じゃないのに、これじゃまるでドカ食い気絶部じゃないか……


「寝てていいよ」


 天使さんに頭を撫でられたかと思うと、僕は横になって泥のように眠りに落ちた。

 あたたかな感覚がまた心地良かった。




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