第23話 ふたりだけのピクニック①

「ちょーいい天気じゃんマジ最高っ!!」


 ゴールデンウィーク初日のクラス懇親会を終えた天使さんは今度は僕との懇親会。

 てっきり社交辞令かと思って勉強していたらゴールデンウィーク3日目に行こうと言われて今に至る。


「やっぱあたしって晴れ女だわマジで」

「だとしたら砂漠には行かない方がいいですね」

「砂漠は無理。WiFi飛んでないとか死んじゃう」

「WiFi飛んでても死にますよ」


 赤のシルエットスウェットパーカーにショートパンツとキャップの天使さん。

 オーバーサイズのパーカーでショートパンツはほとんど見えていない為、彼氏のTシャツを着ているかのような背徳感を隣に感じる。

 白く透明感のある生足は健康的で膝小僧も可愛らしい。


「ところで天使さん、今日はどこ行くんですか?」


 社交辞令と思っていたために僕の方は全くのノープランであった。

 電話で天使さんがいい所を知っているというので天使さんに任せて電車に揺られて1時間。


「桜を見に行くの」

「この辺じゃもう桜は散ってるんじゃないですか?」

「それがあるんだなぁ〜」


 不敵に笑って歩き出す天使さんの後に続いた。

 互いにお弁当を持参しているが、ゴールデンウィークの時期に桜の咲いている地域は北海道とかのはず(陽向さんが言ってた)。


「秋に咲く桜とかは知ってましたが、都内にそんな桜が咲いてるなんて知りませんでした」

「そりゃそうだと思うよ」


 なにかもったいぶった表情で足取り軽やかに進む天使さん。

 どうしてそんなに楽しそうにしていられるのかが僕にはあまりわからない。


 学生においてピクニックや遠足はおおよそ団体行動。

 その団体行動が根本的に苦手はピクニックや遠足を楽しめた記憶がない。


「あたしも来たことあるのは1回だけなんだけど、落ち着くいい所をだよ。本部くんも気に入ってくれると思う」


 天使さんが鼻歌交じりに道を歩くだけで花吹雪が舞っているような錯覚におちいった。

 手を伸ばせば届く距離に居るのに、別世界にいると感じる。


 自分の知っている世界とは違う気さえする。

 不思議な人だと改めて思った。


「それにしても、ずいぶんと人里離れた場所ですね」

「だよね。東京だとは思えないよね〜」


 東京にだって田舎と呼ばれるような場所もあるが、ここはまた田舎と呼ぶのもしっくりこない不思議な場所。


「この森の中」

「……異世界への道だったりします?」

「異世界ではないかな」


 何もかもが場違い感が半端ない。

 住宅街はまだ目に見える範囲ではあるが、ここに1人で入るにはわりと勇気がいるだろう。


「大丈夫だよ」


 天使さんはそう言って微笑んで僕の手を握って歩き出した。

 不意の事に驚いたがそのまま僕も歩みを進める。


「あたしも来たのはまだ小さい頃で、その時はちょっと怖かったな〜」

「『べべべ、別に怖くなんかないし』とか言った方が良かったでしょうか?」

「ふふっ。それならコントが始まっちゃうね」


 小鳥のさえずりが僕らを歓迎しているような気がした。

 入り口の異質な空気感とは違う。

 のどかな雰囲気はただ息をしているだけで癒される。


「着いた」

「……ここ、ですか」


 森の中にはひらけた場所があった。

 木洩れ日の差す池には魚が揺らめいていた。

 その池から少し離れたところには小さなほこらがあり、その横には綺麗な桜が咲いていた。


「……こんな場所が、あったんですね」

「ママとパパの秘密の桜なんだよ」


 そのまま手を引かれて祠の前まで歩く。

 天使さんが祠に手を合わせたので僕も同じように手を合わせた。


「んじゃレジャーシート敷こう」

「はい」


 天使さんが持ってきたレジャーシートを敷いて荷物を置き、さっそくお弁当を出した。


「食べる前に祠にお裾分けしよ」

「はい」


 この祠がなんなのかは知らない。

 たぶん、天使さんも知らないのだろう。

 それでもなんの躊躇もなく手を合わせた天使さんになぜか安心していた。


 祠の前にお裾分けを置いてニッコリと微笑んだ天使さんとお弁当を交換した。


「ピクニックだからかやっぱりお弁当の中身、被っちゃったね」

「定番のサンドイッチがやはり無難でしたし」

「ここまで綺麗に被るとお師匠に勝てる気がしない」

「では天使さんのサンドイッチのお手並み拝見」


 味は普通に美味い。

 正露丸の出番はなくなった。


「紅茶もあるよ」

「ありがとうございます」

「なんかお師匠のサンドイッチ美味しい……なんで違うの〜」

「天使さん、パンにバター塗ってないでしょ?」

「サンドイッチにバターって塗るもんなの?」

「レタスやトマトの水気をパンが吸ってしまわないようにバターを塗っておくんですよ。マーガリンでも問題はないですが」

「……サンドイッチって挟むだけだと思ってた〜」

「余ったパンの耳でラスクも作ってきたので、サンドイッチを食べ終わったら食べましょう」

「あたし、パンの耳は全部途中で食べちゃった」

「捨ててないならいいんじゃないですか」


 桜とお弁当。

 ふたりだけで貸切はあまりにも贅沢すぎる空間。

 他愛もない会話しかしていないのに、とても心地良い。


「なんかさー、たまにはこういうのっていいよね」

「そうですね。東京にいると、こういうのは中々味わえないですね」


 ふたりでサンドイッチを咀嚼しながら桜を眺める。

 咀嚼している間の無言は小鳥のさえずりで賑やかで落ち着いた時間を過ごした。


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