第20話 青春とは。

 なんとなく、雑貨屋ひまわりで品物を物色する。

 僕のストレス発散方法のひとつだ。

 料理をしようにもどうしても楽しめない。

 そういう時は新しい小物や調理器具を買って使うのが楽しい。


「健くん、なにかあった?」


 優雅に紅茶を飲みながら雑誌を読みつつ僕にそう聞いてくる店長の陽向さん。


「とくになにもないですよ」


 僕も品物を眺めながらそう答えた。

 明確に欲しい物があるわけじゃない。

 欲しい物を探す為に探してるだけ。


 嫌な気持ちを引き摺って料理をしたくない。


「むむっ! 北海道ならゴールデンウィークに花見がっ!! これは直人くんを口説いて行くしか……」


 陽向さんは相変わらず楽しそうだ。

 見ていて微笑ましい。


 陽向さんの独り言を無視して僕は物色を続ける。

 気に入ったお皿をいくつか手に取り陽向さんの待つレジへと向かった。


「見て見て健くん! 桜っ!!」

「綺麗ですね」

「直人くんに料理作ってもらって〜♪ 日本酒とか飲みながらゆっくり過ごしたい〜」

「直人さんのスケジュール次第ですね」

「よし、あとで直人くんと千夏ちゃんを口説いてスケジュール押さえなきゃ」

「押さえる前にお会計お願いしますね」


 千夏さんは直人さんの担当編集者であり、直人さんの幼馴染でもある。

 あまり会った事はないが、締切前の直人さんと担当編集のバトルは見ていて飽きない。


「ほほぅ。このお皿ですな。お客さん、お目が高いですなぁ」

「専業主夫ですから」


 陽向さんの腕利きの商人のおじさんみたいなセリフにほっこりした。


「さっき美羽ちゃん来ててね、可愛い菜箸さいばし買っていったの。だし巻き玉子作るんですって言ってた」

「だし巻き玉子はお弁当の定番ですからね」

「でもお師匠怒らせちゃったから教えてって言えなくて……ってしょんぼりしてたよ」

「別に怒ってはないんですけどね」


 陽向さん経由でそんな話をされてはこちらもなんか申し訳ない。

 僕が言った「料理は教えない」というのを気にしているのだろう

 クラスラインに無理矢理招待するなら、と言っただけだったが、少し口調が強かったかもしれない。


「お、なんだ青春かな?」

「直人くん〜そうなの〜」

「これは青春と呼ぶんですか?」


 欠伸をしながら降りてきた直人さんが僕と陽向さんを見て開口一番にそう言ってきた。

 執筆終わりで降りてきたらしく目が死んでる。

 普段はラフな格好に黒髪。

 バイトも無いので女装メイクはもちろんしていない。

 てかいつから聞いてたんだ? 足音しなかったぞ。


「青春か〜いいなぁ。僕もアラフォーだからな。随分と懐かしい響きだ」

「直人くんの青春は波乱万丈だったもんね」

「そうだな。古傷が痛む」


 古傷が痛む青春時代ってなんなんだ。

 果たしてそれは青春と呼ぶのか。

 傭兵か何かだったのか?


 やんわりとは聞いているものの、詳しく聞いた事はない。


「まあ、健君は僕と似ててちょっと捻くれてるからな」

「……僕は捻くれてますか?」

「そうね〜。あの頃の直人くんとちょっと似てる」

「昔の僕を見てるようだよ。うん」

「直人さんと同じく捻くれてると、僕も女装したりするんですか?」

「いや、そうはならない。普通は」


 どうやら僕は捻くれているらしい。

 自分ではそう思ったことはなかったな。

 普通だと思ってた。


「まあ、僕とか健君みたいにタイプは天使あまつかさんみたいなのとは相性は良くないからな。いや、相性が良くないというよりは価値観がズレてる、が正しいな」

「価値観、そんなにズレてますか?」

「ズレてるね。でもそんなに悪いものじゃないとわたしは思うよ? わたしと直人くんだってズレてるし」


 主観の話でしかないし、クラスのトップカーストとモブでは価値観がズレてると言われると確かにそうなのかもしれない。


「わたしと直人くんがって言うより、直人くんがとってもズレてると思うけど」

「僕は……まあ、うん。色々あったし」

「ふふっ。まあでも健くん、ちゃんと向き合ってればどうにかなるよ」

「向き合うもなにも」


 そもそも料理を教える側と教わる側の関係性でしかない。

 それ以上に一体何と向き合えばいいというのか。


「焦らなくていいよ。健くん」


 にっこりと微笑む陽向さんを見て、なぜか落ち着いた。

 天使てんしの微笑みだと思った。


「ありがとうございます」


 そう言って僕は店を後にした。

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