第19話 和。

「……やっぱり撮れてないな」


 見明さんと話したスーパーの帰り道での不審な影。

 ブレブレの動画にはその影はなかった。

 生まれてこの方霊感なんてものはないし、幽霊がいようがいまいが本部家の財政事情には関係ない。

 貧乏や不幸を招くようなら話は異なるが、実態のない幽霊や怪異なんかよりも生きてる人間の方が怖い。


 ……頭が痛い。思い出したくない過去が……


「ん? 電話?」


 千佳か真乃香さんかと思いスマホを手に取ると天使さんからだった。

 なにかあったかと通話に応じた。


「もしもし」

『もっしー。本部くん今だいじょぶだった〜?』

「はい。大丈夫ですよ」


 もっしーって新手のゆるキャラみたいだよな。


『本部くんやっぱ懇親会行こーよっ』

「いや予定が……」

『てか千佳ちゃんから聞いたけど、予定とか無いって言ってたし、色々確認したらそもそもクラスラインに入ってないじゃん!!』


 千佳、やりやがったなあいつ……

 裏切り者め。

 今度夜中に勉強してるあいつの横で美味そうにチョコミントアイス食べて完璧な食レポしてやる……


「いやまあ、クラスラインに招待とかされてませんし」

『じゃあ招待するね』

「いや遠慮しときます」

『え〜。なんで〜』

「今更クラスラインに招待されて入ったとして、本部健って誰? とか思われたら翌日から僕は学校に行けません」


 なるべく攻撃対象にならないようにと己の影を薄くして生きてきた小動物の知恵をそんなウェイウェイ空間に放り込まないでほしい。

 そんな事をされるなら天使さんには責任を取って最後まで本部くんの面倒を見てもらわなければならない。


「もしも招待したら今後料理は教えません。ご自分で勉強して下さい」


 僕の優先事項は家庭、勉学。

 天使さんとの料理は楽しいが、それをしなくたって僕の生活に支障はない。


 むしろ学校での生活に支障が出れば後々困る。

 国立大に進むためには面倒事は避けたい。

 僕みたいな発言権の無いやつは簡単に潰されるのだから。


『……そ、そんなふうに言わなくても……そんなに嫌?』

「嫌です」

『即答だしっ!』

「なるべく静かに暮らしたいので」

『…………そっか』

「すみません。懇親会は皆さんで楽しんで下さい。別に僕が居なくても誰も困らないでしょうし、僕が居なくて寂しがる人もいませんから」

『……あたしは本部くんも居てくれた方が、楽しいけど……』

「そう言って頂けるのは嬉しいですが、僕は多分、楽しくない」


 天使さんは優しいし話してても楽しい。

 一緒にいて飽きない。

 けど他人だ。友達じゃない。


 天使さんはクラスの中心だ。

 だからこの人は僕の隣には居ない。

 クラスの中心が背景モブの隣にいる訳が無い。


「僕は一人でいる事に苦痛は感じません。ですが、そういった場で1人でいる事を認知されるのは嫌なんですよ」


 多分、天使さんには何を言っているのか理解できないかもしれない。

 理解してほしくもない。

 前みたいな事にまたなりたくないし、なってほしくない。


『ご、ごめんね、なんか……』

「別に天使さんが謝ることじゃないんです。皆さんみたいに楽しめない僕が悪い。みんなの和に入れない僕が悪いだけなので」


 誰かが楽しそうにしてるのを見るのは好きだ。

 誰かが僕の作った料理で笑顔になってくれるのは好きだ。


 でもその景色の中に僕はいない。

 必要じゃない。

 その枠の外でただ眺められればそれでいい。

 それができないなら、その場に居ない方がいい。


『本部くんが悪いわけじゃないよ。あたしがわがまま言ったから……』

「とりあえず、天使さんたちは楽しんで下さい」


 そう言って僕は通話を切った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る