第17話 教えてっ!! 桃原先生っ٩(ˊᗜˋ*)و

「お、おじゃまします」


 週末の休みに僕は桃原の家に来ていた。


「本部くん、いらっしゃい!」


 出迎えてくれた桃原はすでにニコニコしていた。

 学校での雰囲気とは違い明るい。

 ……多重人格なのだろうか。

 いや、家にいる安心感とお菓子作りへのモチベーションの高さのせいだろう。


 いつもは前髪で隠れている桃原の瞳が今日ははっきりと見える。

 ヘアピンで髪を止めているのだが、クマさんヘアピンである。

 可愛すぎないか? いや桃原がすでに可愛いからいいか。うん。


 可愛いは正義って教えてくれたんだ。直人さんが。


「スリッパ置いとくね」


 出されたスリッパもクマさんだった。

 クマ、好きなんだな。

 なんだろう、クマさんのぬいぐるみとか抱いて寝ててほしい。

 さらに言えばクマさんパジャマとか着ててほしいまである。


「桃原さん、これどうぞ」

「ありがと! 紅茶の茶葉だ〜。お菓子作って一緒に飲もうねっ!!」

「お、おう」


 ……いかん。学校とテンションが違いすぎてどう対処していいかわからん。

 あれ? 僕は今日、男子クラスメイトの家に来たんだよな? お菓子作りを教えてもらいに。


 いや待て「女の子みたいに可愛い男子生徒がやっぱり女の子だった」的な話かもしれない。なにそれどこのラノベ? なんなら「女の子みたいに可愛い男子生徒がやっぱり女の子だったのをオレだけが知っている」的な感じの優越感に浸れそうなラノベかもしれん。


 僕がそんな事を考えているとリビングに通されて荷物を置き、早速キッチンへと足を踏み入れた。


「本部くん今日はね、フォンダンショコラを作るよ」

「フォンダンショコラって切ったらトロッと中身が出てくるやつでしたっけ?」

「そうだよ」

「難しそうなイメージ」

「簡単だよ。材料もそんなに多くないし」


 うきうき桃原が楽しそうに話し始める。

 聞けば材料もそんなに難しくはない。

 スーパーに行けばだいたい手に入るようだ。


「じゃあまずはガナッシュを作りたいから、この板チョコを刻んで湯煎します」

「了解」


 包丁なら扱いは慣れている。

 鍋を取り出してお湯を沸かしている間にまな板に置いたチョコを素早く刻みボールに入れて湯煎を開始。


 桃原は基本、火やiHを使わないらしく湯煎する時は電気ケトルでお湯を沸かすらしい。

 オーブンだけはなぜか問題なく使えるらしく、いよいよ僕の中で桃原は地球外生命体なのではという説が濃厚となった。


「本部くん、手際いいね。初めてするのに早い」

「専業主夫ですから」


 とはいえ言われた内容の中でしか段取りは組めない。

 全体の作業自体を把握しているわけでないのだ。


「生クリームも同じくらいの温度まで温める」


 生クリームをレンジで500wで30秒、その間にチョコは綺麗に溶けた。

 生クリームや牛乳は温め過ぎると表面に膜を張ってしまう為、温め過ぎないように注意しなければいけない。

 砂糖を入れてからなら膜が張らないが、今回はチョコなどの糖質も多い為に砂糖は入れない。


「本部くん、生クリームの扱い慣れてるの?」

「たまに料理でも使ったりしますし、牛乳と似たようなものですし」

「……成分的にはまあ、近いね。うん」


 温めたチョコと生クリームをムラなく混ぜ合わせ、出来上がったら冷蔵庫で1時間ほど冷やす。

 この時はカチカチに冷やしすぎないように注意しないといけないらしい。じゃないとスプーンですくえなくて扱いが面倒になるとのこと。


 料理とお菓子作りの違いはここにもある。

 状態変化にシビアなのだ。


「ガナッシュの下準備が終わったら次は生地の方」


 卵と砂糖を混ぜ合わせ、板チョコの刻んだもう半分と無塩バターを湯煎。


「……本部くんのスペックが高すぎる。ほとんど同時作業だ……」

「よく妹にご飯の催促をされるから、時短意識が抜けなくて……」


 教えられた順番で言えば卵と砂糖をまず混ぜる。

 その後にチョコとバターの湯煎だったが、順序が逆でも問題ないと判断して勝手に同時進行。

 教えを乞う立場に有るまじき行為だが仕方ない。

 そういうさがなのである。


「ちなみに、卵は湯煎とかする時に冷たいとチョコが固まっちゃうから、始めるまえに常温に戻して置いてね」

「事前準備のさらに事前準備ですか。やはり奥が深いですね」


 冷凍した肉を常温に戻す時とは違い、前日に冷蔵庫から外に出しっぱなしとかにはできない分厄介である。


「だいたい混ざったら薄力粉とココアパウダーを入れる」


 ふるい越しに粉類を入れて振るいながら入れていく。

 一見して必要なさそうな工程だが、異物やゴミを取り除いたり粉をほぐしたりするためである。


 さらにお菓子作りで言うならば篩にかけることにより空気を含ませて焼き菓子などの仕上がりがふっくらしやすいとのことらしい。


 料理やお菓子作りにおいて、無駄な作業はない。


「ここからはオーブンで焼くよ。180°に余熱してから型に入れてくよ」


 型も市販で売っているものの中でも使い捨ての紙タイプである。

 マフィンの型と同じだ。

 繰り返し使えるタイプもあるらしいが大量に作る際などには嵩張かさばらず管理しやすい使い捨てタイプもあると便利らしい。


「型に生地をまず二分目にぶんめくらいまで入れて、それからさっき冷やしたガナッシュをスプーンで掬って上に乗っける。その後に生地を掛けて焼く。おにぎりみたいな感じ」


 ガナッシュが生地の沼にハマって沈んでしまう前に手早く上に生地掛けてあらかじめオーブンへ。


「10分焼いて5分覚まして型を外したら完成!」

「いい香りですね」

「最後の仕上げに粉糖ふんとうを掛けて♪」

「おお〜。粉糖掛けるだけで一気に雰囲気変わりますね」


 紅茶の準備をして写真を撮らせてもらった。

 あとでインスタに上げよう。


「フォンダンショコラを切った時のとろけ具合がいいな」

「じゃあ本部くん、食べよっ!」


 出来上がったフォンダンショコラを2人で食べた。

 暖かい紅茶とも合っていて美味しかった。

 桃原の口元から零れたガナッシュがなんかエロかったのは見なかった事にした。

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