第14話 ぼっち、体育、ペア
体育の授業。
僕のようなぼっちには絶望的時間と言ってもいい授業である。
「も、も、本部くん、ごめんね……ボクなんかとペアで」
「いや、べつに。僕も余ってましたし」
そんな中、僕ともう1人のぼっち、
前髪は伸びきっていて瞳はまともに見ることができない。
小柄で猫背気味、肌も白く
小さな声からも男らしい声とは程遠く、中性的な声質だ。
ある種、直人さんと同系統のように感じる。
「……疲れ、た……」
「まだ体操終わったばかりですけどね」
「……元々健康を維持するための運動だし、ボクみたいな……半引きこもりには辛い……」
まるで女の子みたいな手は細く弱々しい。
体操時にはどうしてもくっつく事もあるのだが、桃原からはどこか甘い香りすら漂う。
「サッカーってボクみたいな人種には地獄みたいな球技……体育の先生はきっとボクの事が嫌いなんだろうなぁ……」
「複数人で行う競技ですしね」
2人してグランド近くの階段でサッカーを楽しむ男子クラスメイトを眺める。
自分は常々自己肯定感が低いとは思っていたが、まさか僕より低い人が同じクラスにいるとは思っていなかった。
「……も、本部くんは料理、と、得意なの?」
ただクラスメイトたちを眺めているだけの無言の時間に耐えかねて桃原がそう尋ねてきた。
「得意、ですかね……家事は僕がしてますし。お弁当も毎日ですし」
「す、凄いなぁ。ボクは料理が、全くできないから」
人見知りで内気な桃原は料理には興味があるのか、不器用ながらも話を振ってくる。
違和感を覚えながらも僕は話を続ける事にした。
「桃原さんは、料理に興味あるんですか?」
「い、いえっ! ……ボクがすると、家が燃えるから……」
「そ、そうですか……」
燃やしちゃうかもしれない、とかじゃなく「燃えるから」という言い回しに何かを感じた。
……燃やした経験があるようだ。もしくは未遂か。
発火性の地雷が埋まっているのが既にチラ見えしてしまっている。こ、怖いなコミュニケーション。
「……ボクは、お菓子作りしかできない……し」
「逆に僕はお菓子作りは苦手なので、凄いと思いますけどね」
「……そ、そんなこと、ないよ……」
なんだろうか。このドラマで見るようなぎこちないお見合い感のある会話。
最近は自分でもよく喋る方になったなぁと思ったら、よくよく考えてみれば天使さんが8割喋ってた。
帰ってこないボールを投げるのは苦労するのだとモブである僕は今更ながら実感した。
「まあ、料理は大抵火加減で苦労するし……お菓子作りは化学みたいなものですしね」
「そう! そうなんだよ本部くんっ!!」
いきなり手を握られて隠れた眼を輝かせる桃原。
豹変ぶりに困惑する僕をおいて桃原は先ほどとは打って変わって楽しそうに語り出した。
「卵でもね! 卵黄と卵白でタンパク質の種類が違って空気を抱え込みやすいとかで色々あるし! 湿度とかでも焼き上がりが変わっちゃったりするし難しいけどとっても楽しいんだよ!!」
オタク特有の好きな事に関して饒舌になり
普段こう言った話を人としないからだろう。
気持ちはよくわかる。
なんか親近感を覚えなくもない。
「そういえば僕もオムレツを作る時は泡立てないようにしつつ混ぜてたけど、タンパク質の種類自体が違ってたんですね。勉強になります」
お菓子作りって奥が深いんだなぁ。
料理は手を抜いても作れるけど、お菓子作りは手を抜くとすぐダメになる印象しかない。
千佳が小学生の頃、クッキーを作ってたはずなのに木炭みたいになってたし、錬成でもしたのかと思ったな。
「あ…………ご、ごめん……つい、話しすぎた……き、気持ち悪い、よね……男なのにお菓子作りの、話なんて……」
「いや、そんな事ないですよ」
自分が一方的に話し過ぎていると反省したのか桃原は急にしょぼんと肩を落として小さくなった。
「あの、今度良かったらお菓子作り、教えてくれませんか? 妹と世話になっている従姉妹に振る舞えたらと思ってて」
「え……あ……う、うん!! いいよ!!」
しょぼくれた顔から子供みたいな純粋な笑顔になった桃原。
いかん、相手は男なのに可愛いと思ってしまった……
「誰かと一緒にお菓子作りするの初めてだから、楽しみだなぁ」
それからの桃原は上機嫌だった。
どんなお菓子を作るかとか、初心者におすすめのお菓子作りとかを色々教えてくれた。
「本部さん、桃原さん」
「ひゃいっ?!」
その後、背後にいた副委員長の黒須さんが急に呼び掛けてきてクラスメイト全員を体育館に集めて体育の授業は終わりを迎えた。
桃原の驚いた声に萌えたのは内緒である。
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