第13話 雑貨屋ひまわり②
「お会計お願いします!」
るんるん気分で天使さんがレジへと向かう中、僕は少しばかり焦った。
そういえば普段インスタで使っているお皿はここで購入したものだったのだ。
「ひーちゃんただいま。あら、健君、いらっしゃい」
「なおさん、こんにちは」
「なおちゃんおかえり〜」
裏口から入ってきたのは陽向さんの旦那さんのなおさんだった。
黒髪ロングのウィッグに黒のパーカー。
スキニーパンツはスタイルの良さを強調している。
首にはシンプルな黒のチョーカー。
パッと見は完全に女性であり、なんなら仕草や声すら女性そのものと言っていい。
だがなおさんは男である。
「バイトだったんですか?」
「ええ。人使いの荒い元女上司さんのね」
「それはまた大変ですね」
「あら、可愛い子がいるわね。健君の彼女?」
「健くんの料理のお弟子さんなんだって〜」
陽向さんがフォローを入れてくれて助かった。
いやさっきの間違いからすればこれで相殺だな。
天使さんみたいな女性が僕の彼女だなんてないんだし。
「で、弟子の天使美羽です」
「そうなのね。……僕は陽向の旦那の
「?!」
なおさんが自己紹介と共にウィッグを取ったことによって天使さんがびっくりしてしまい、ただでさえ大きな瞳が見開かれた。
人が驚くとほんとに目を丸くするんだなぁ。
「ん?! んんっ?!」
「直人さんはバイトの都合で女装したりするんですよ」
「え? 声とかめっさ女の子だったじゃん?!」
天使さんの頭がバグってしまっている。
無理もない。
「ありがとう天使さん。私、これでも今年で37よ」
「!!」
ウィッグを被り直し、女の子の声に戻して天使さんにそう言った。
直人さんの言った事が理解出来ていないのか
「天使さん、帰ってきて」
「なおちゃん、まだまだいけるね!」
フリーズする天使さん。
優雅な笑みを浮かべる直人さん。
夫である直人さんに可愛らしいサムズアップをする陽向さん。
もうしっちゃかめっちゃかである。
「というか直人さん。初対面の天使さんにこの事言って良かったんですか?」
「ええ。健君の連れなのでしょう? なら大丈夫よ」
「……らしいので天使さん、一応この事は誰にも話さないで下さい」
「え、あ、んん? うん。はい」
未だ理解出来ていない天使さん。
まあ仕方ない。僕も最初は理解出来るまでに時間が掛かった。
ジェンダー平等の考え方が一般化しつつある現代とはいえ
「ひーちゃん、私はメイク落としてくるからその間に担当編集来たら書斎に上げてて」
「おっけ〜」
直人さんはそう言って奥に引っ込んでしまった。
これから打ち合わせなのだろう。忙しい人だ。
「ごめんね〜美羽ちゃん。わたしの旦那さん、色々と特殊なの」
「うん、はい。なんかすごいってのはとりあえず分かりました」
ペッパーミルを買いに来て常識の範囲外の出来事が起きればそれはそうなるだろう。
「それにしてもこれから編集さんと打ち合わせなんですね」
「そうなの〜。昔っから直人くんは忙しいのよね。それに今は『女装探偵シリーズ』がドラマ化してるから余計に」
「『女装探偵シリーズ』?!」
「直人さん、本業は小説家なんです」
「……………………」
あ、やばい。天使さんの頭から湯気が……
「『女装探偵シリーズ』……って事は楠木じゅん……あへ?」
いかん。天使さんがアホ顔してる……
「天使さん、知ってるんですか?」
「へ、あ、うん。てかファン……楠木じゅん先生って女性だと思って、た。から、うん」
許容量を遂に超えたのか、天使さんはへたりこんでしまった。
「美羽ちゃーん。お〜い」
陽向さんが天使さんを呼びながらほっぺたを指でつんつんするも反応がない。
ただのしかばねのようだ。
「天使さんを事実だけでノックアウトする直人さん」
「どうしよ健くん!! 美羽ちゃんの魂が抜けちゃう!!」
「……すみません。とりあえず休ませてもらっていいですか?」
レジカウンター内にある椅子に天使さんを座らせてから5分ほど放心状態は続いた。
「……ごめんね、本部くん。取り乱しちゃって」
「いや、仕方ないですよ」
学校終わりに立ち寄ったこともあり、帰り道はすっかり夕暮れだった。
「なんか、あたしの常識を超えてて……」
「まあ、直人さんは色々あるらしいから」
「直人さんが今37歳って、陽向さんは何歳なの? まさか」
「いや、陽向さんは20歳ですよ。今年で21」
見た目年齢だけで言えば陽向さんはどう見ても未成年なのだが、しっかりと20歳なのである。
見た目年齢で言えば直人さんはもう訳分からんし、陽向さん
年齢という人間の概念が当てはまらないんだと僕は思っている。
直人さんに人間としての過去が果たしてあるのだろうか。宇宙人だから歳を取らないと言われれば信じる。
まあ、女装してなかったら普通な感じなんだけど。
「あ、そうなんだ。……って17歳差?!」
「直人さんと陽向さんにはさらに色々あるんだ」
「…………ココハ、ドコ? ワタシハ、ダレ?」
「ごめん天使さん。お願いだから帰ってきて下さい」
はっ!! と我に返る天使さん。
流石に道端でフリーズされては僕も困る。
記憶を失うレベルなのはやばい。
「なんかもうよくわかんないけどあたし、料理頑張るっ!!」
「はい」
考える事を止めた天使さんはようやくいつもの明るい天使さんに戻った。
人間、考えすぎるのは良くないんですね。勉強になりました。
「とりあえず今日は何作ろうかな〜」
「ペッパーミルは購入しましたけど、胡椒はスーパーで買わないとですね」
「そうだっ! 本部くん! スーパー寄ってこっ」
「わかりました」
買ったばかりのペッパーミルを使いたくてうずうずしてる天使さん。
しばらくはそっとしておこう……
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