第4話 卵料理②

 オムレツとは実にシンプルな料理だ。

 食材だけでいうならば、それこそ卵だけでいい。


「ではまず卵を溶きます」


 卵3つをボールの中に割り入れて味付け、そして黄身と白身を綺麗に混ぜていく。


「泡立て器を使うのはいいんですが、綺麗なオムレツを作ろうと思うと空気は焼き上がりにムラができるのでなるべく泡立てずに混ぜます」


 ボールの淵をしっかりと握りつつ泡立て器の先っぽをボールの底に擦り付けるようにして卵を溶いていく。


「泡立ててなんぼだと思ってた〜」

「気泡が入ってるとふわふわしてそうなイメージですけど、熱膨張とかで穴ができたりするらしいです」


 プロの料理人じゃないので受け売りをそのままを言った。

 インスタの時の僕みたいになりたいという事もあり、なるべくインスタ映えするように作らなければいけないのは地味に大変だ。


 ましてや隣には興味津々な天使さんが至近距離にいる。

 卵の臭いよりも天使さんの香りの方が勝るカオスなキッチンである。


「混ぜ終わったらサラダ油を引いて熱したフライパンへ」

「なんで隣に濡れ布巾置いてるの?」


 横から天使さんが首を斜めに質問してきた。

 何気ない仕草があざとすぎませんか、天使さん。


「オムレツは火加減がとってもシビアです。ましては僕の家ではIHではなく普通のコンロなのでいつもより難しい」

「お師匠でも火加減が難しいと。ふむふむ」


 お師匠w とかのノリのまま真剣に聞いてる天使さんのモチベーションってなんなんだ……

 それとも普通に真剣なのか。全くわからん。


 天使さんがメモを取っている間にフライパンの中の溶き卵をスクランブルエッグの要領でかき混ぜていく。


「かき混ぜる時はなるべく細かなスクランブルエッグをイメージしながら混ぜてください。その方が完成後の形も綺麗だったりします」

「見映えは大事!」

「IHだとやっぱり普段と違って難しいですね」

「ここで濡れ布巾?」


 混ぜ終わった僕は数秒そのまま熱したのちに濡れ布巾の上にフライパンを置いた。


「数秒焼いて表面に包むための皮ができます。濡れ布巾は余熱でさらに火が通ってしまうのを防止する為のものです」

「ほえ〜」


 うん。意味は分かってなさそうだ。

 後で補足しなければ。


「ここから包みます」


 菜箸さいばしからゴムベラに持ち替えて包む作業に移る。


 プロの料亭シェフや個人経営の料理人は菜箸だけでやったりするが、プロの技は素人が真似できるものではない。

 加えて営業という限られた時間の中で料理を作るプロの作業は速すぎる。


 今回は天使さんでもなるべく簡単に出来るようにするのが目的である。

 というかぶっちゃけ、インスタに載せるだけなら調理過程なんて載せないから綺麗にさえ出来ればいい。


「わわっ! 凄いよお師匠! めっちゃ黄色い!! 焦げ目がないっ!」

「まだ安心はできません」


 フライパンを傾けておおかたの形に整えてひっくり返す。


「ひっくり返す前に前を向いているの繋ぎ目を上に向くようにずらしておくと仕上がりがより綺麗になります」

「おおぉー。中が半熟だからかな? 簡単に繋ぎ目がズレてくね」

「ひっくり返す時の注意点としては、チャーハンみたく豪快にしてしまうとオムレツの皮が千切れてしまいます」

「大惨事っ!!」

「そうです大惨事です。なのでここはカードをめくるようなイメージでひっくり返して下さい」


 このひっくり返す作業は慣れが必要だろう。

 ここは天使さんに頑張ってもらわなければいけない。


「すっごい綺麗!!」

「ひっくり返せたら下になっている繋ぎ目を焼いて閉じるイメージで少しだけ熱してもう一度ひっくり返して最後に盛り付けです」


 二度ひっくり返して再び上を向いた繋ぎ目と盛り付け皿の底を合わせるように慎重に載せる。

 皿の角度も、オムレツを受け入れやすいように傾けて載せる。


「出来上がりです」

「お師匠凄い! ちょー綺麗だし!! 食品サンプルみたいに表面ツルツルのプルプルだしマジ美肌かよっ!!」


 お皿の上には繋ぎ目も焦げ後もない綺麗な黄色いオムレツの完成である。


「お師匠! 写真撮ってよき?!」

「どうぞ」

「ヤバいよお師匠、あたし、オムレツでこんなにテンション上がったの初めてかもマジで!!」


 ひとしきり撮影して満足したのか、天使さんはただ黙って僕を見つめてくる。

 ……おやつを待つイッヌみたいで可愛いな。


 ちょっと焦らしてみても面白そうだが、まだ解説を終えていない。


「ちょっと真っ二つに切りますね」

「オムレツぅぅ……」


 僕はなげく天使さんを他所目にオムレツを切断して断面図を見せた。


「さっき僕が濡れ布巾がどうのと話していたじゃないですか?」

「うん」

「余熱を切ることによって中身のトロトロを守る事ができます」

「お師匠! マジで神っ!!」

「では頂きましょうか」

「ぃやったぁぁぁぁぁ!!」


 両手を上げて喜ぶ天使さんの脇をつい見てしまいまたしても目を逸らす。

 僕はこの後捕まったりしないだろうか? 大丈夫だろうか?


「頂きます!! うんまぁぁぁ〜」


 天使さんは頬に手を当てて幸せそうにうっとりと笑顔を浮かべた。


「ツルツルしてて口触りがすっごくいいし、スクランブルエッグがお口の中になだれ込んできてなにこれちょー幸せなんですけど?! しかも溶けてくぅ〜」

「お好みでケチャップどうぞ」

「美味い! 本部くんが女子だったらマジで嫁にしたいまである!」

「それはどうも」


 どうやら天使さんの胃袋を掴んでしまったようですはい。


 というか、なんか今日の料理教室は若干趣旨がズレた気がしないでもないけどいいか。

 天使さん喜んでるし。

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