第16話 【薔薇医師(ローズドクター)】
見境なく、なんでもいいから色いろと書けでもしたら、どんなに好いだろう、と私は今夜も独り机に向かいながら、そう思い耽っている。
私にとって詩とは? それほどお前が裸身で愛し続けてきた、つまりはお前をそんなに盲目的にさせているものの正体は一体なんだろうか?
少し目を閉じたまま、私は昼間目にしたところの、空一面に浮かんだ、布団をむしって宙にばらまいたように散らけた羊毛風の小雲大雲が、まぶたのうちに鮮やかに浮かんでくるのを、目の裡で、目ではない何かの感性みたいなものでじっと視つめだした。
そうしているうちに、私はある人物のことを想像しだしていた。……
私は昼間なんとはなしに出かけて行った散歩からの帰り道に、林の中で、白髪を美しく棚引かせた、木こりの爺やさんにその人物のことを聞かされたのであった。
「薔薇医師(ローズドクター)とおっしゃるんですか?」
「はい、村の者あみなしてそう呼んでおりました……」
木こりの爺やさん大人しそうに切り株に腰を下ろしたまま、パイプを片手に、それこそこれが儂の最上の喜びであるといかにも言いたそうな顔つきをして、それをプカプカとやりだした。
「ドクターは変わり者でしてね。村のもんはみなレンガ造りの家を建てて住んでいるというに、ドクターだけは何処か遠くの町からえらい建築家を連れてきて、自分の家を全部(すべて)石造りで立て直しさせたのですよ……」
「ストーンハウスって皆が呼んでいるあれのことかい?」
「はい、今でもあの家は頑健に、昔のままで残っておりまして……あの中にドクターの形見の品なぞが色いろとまだ残されております……」
その後に私は薔薇医師(ローズドクター)がこの村をひときわ美しく際立たせている松並木の松を、最初によそから幾株かを持ってきて此処に移植したのだということを聞き知った。それから元はドクターはこの村に宣教師としてやってきたのだということも。
私はもうすでに今は亡き薔薇医師(ローズドクター)が何故そういうニックネームで呼ばれるようになったのかは、聞かなかった。それは、そういうドクターのあだ名の由来について、そこにどんな思いがけないエピソードが待ち伏せていることだろう、と色々とその物語を空に描いてみるのは私には愉しいことだったから。
私がその薔薇医師(ローズドクター)のことを色んな風に夢見だしていると、あたかもそんな夢の世界を追想するように、一匹の小さな草色の蟷螂(かまきり)が、私の机の上で、身体を前後にゆするようにして、ひとところで踊っているらしいのが目にとまった。……
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