第15話 【自分を咀嚼(そしゃく)してみる】


その夜は、良い月の出であったから、こんな詩を思いつくままに書いた。

 

 その日も私は何をするでもなしに、一日中孤独と差し向かいで日を過ごした。

 時どき私は孤独のやつにこんな問いを投げかけたりした。


「お前は、ひょっとしたら俺の人生の手の内を一番に見抜いているやつなのかもしれないなあ。そうしてお前はそんな俺の生の行方を人一倍心配して、こうして俺に、静かな沈黙の中に引きずり込んで頭を冷やさせているのだ。なあ、そうじゃないかい……」


 私はいつまでもバルコンのベンチに腰を下ろしながら、もうすでに真っ黒な周囲の闇の中でしきりにしている虫の声に耳を傾けていた。それは微かな鈴の音にも似て、しかし切ない地のざわめきのようにも感じる。


 遠くの湖の方で、五つばかり船灯らしいのが浮かんで見える。今にも四方の闇にかき消されてしまいそうな、頼りなげなその明滅は、私の孤独感を一層つのらせ、侘(わび)しがらせた。


 しばらくすると、不意と何かが私の顔面を掠めるようにして過った。それはそのまま私のすぐ脇の薄暗い壁面にへばりついた。私は振り返りざまにそれに目を向けた。それは私が今までついぞみたことのないような、生々しいまでに深みを帯びた緑色の装(なり)をした、大きな一匹の蛾であった。



  六月✕日


思いもよらぬ自分の生を

いま ばったりと 手に入れた


〈自分にして! 〉

〈自分にして! 〉


一つきり 出来ることは

自分を咀嚼してみることだ




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