第14話 【孤独と 生と ひと葉】
それから二三日すると、絵描きの小父さんは一人でこの山の上の小村から下りて行った。私はひとり取り残されて、また以前のような一人きりの生活に返された。
そんなある日、私が宿屋の食堂で少し遅いくらいの夕食を一人で食べていると、何処からともなく黒い二羽のコウモリが部屋の中へ入ってきた。それは入るなり二羽して示し合わせたように、天井すれすれに部屋一ぱいの円を描きながら飛び回りだした。
食事中の私はふいと咎(とが)めるように天井の方を見上げたが、すると、いつの間にか二羽のコウモリはそんな私を揶揄(から)かうように、私の真上で、天井からぶら下がり羽根を休めている。
それはいくぶんゆらゆらと身を揺らしながら、あの気味の悪い顔と容姿を、私に見せつけるようにして上方でさらけ出している。が、そんな時間は一瞬に過ぎ、また二羽のコウモリは食事中の私の事などはおかまいなしに、部屋一ぱいを、今度は時どき私の頭を掠めるように低空飛行を繰り返しながら、飛び回った。
そうしていつの間にかその気ぜわしい羽ばたきがやんだかと思うと、また私の食卓の席のちょうど真上に、二羽して私を見下ろしながら、ぶら下がっていたりする。私は食事中の手を休めたまま、そんな彼らの様子をうかがっていたが、ともすればそんな彼らから受けるうす気味の悪いような暗い印象は、まるで自分自身の心の内側を垣間見ているようにも思われるのだった。
二三日前から、私は何だかたまらないような孤独感に襲われだしていた。
それはこんな山麓深くの小さな村の片隅にある、人気のない宿屋に一人きりで暮らしていることから生まれてくるような孤独の寂しさが、いつの間にか発酵しながら私の心の裡で知らず識らずのうちに深い根を張り、はびこり出しているのかも知れなかった。それに折り重なるようにして心の孤独が私を襲った。
私はこういう孤独感に身を投げ出すようなことは今まで避け続けてきたけれども、今度ばかりはこいつに身を委ねてみるべきかも知れない。……こいつはこのまま放っておくと一生私を苦しめ抜くだろうから。と、とつおいつ考え出しながら、窓の方へ立って行って、勢いよく窓を開放した。そうして私はやっきになって二羽のコウモリを窓の方へ追い立てだした。
六月✕日
わたしの生は開かれた
わたしの生は開かれた
花びらのように
それを噛み千切った
おやさしく ゆりかごを揺らす
月の激情が……
わたしの生は滾滾(こんこん)と地に染み入る
いまこそ! とひと葉が落下する
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