第12話 【南十字星】


 その晩、私たちは宿屋の食堂で二人きりの食事に向かい合った。


 その時に、私は彼から彼の独特な絵描き仲間のことをうかがうことができた。

 彼のある絵描き仲間は本当に奇妙なものばかりを写生するという。


ある時などは、一寸(ちょっと)海まで写生に行くと言って出ていったが、

戻ってきた彼の絵を見せてもらうと、それはそこいらの何の変哲もない石ころのスケッチであったり、又、蟹の死骸であったりした。


 以前、彼がある女流画家と写生旅行をしていた折には、彼はいつも意外なところでスケッチしている女流画家を見つけるのだった。


 ある時には彼女はよその民家の屋根の上に寝そべってスケッチをしていた。又、ある時は見栄えの悪い土手の上の雑草の中に、すっぽり埋まるようにしてしゃがみ込んで描いていたこともあった。


 どの話も面白く、そのために私は何度も微笑をくしゃくしゃに崩したりした。小父さんの喋り方が一層その話に魅惑を与えていた。


 食事が済んでしまうと、私達は野外へ出て行き、星を眺めた。私は満天の星たちの中にくっきり浮かんでいる南十字星を見つけた。が、同じように私と並んで星を眺めやっていた小父さんも、南十字星を見つけたと言って、或る星空の一点を指さした。


 けれどもそれは、おそらく贋(にせ)の南十字星に違いなかった。私達はまるで子供のように、お互いの見つけた星を本物だと言い合っていた。が、しかし私達はどちらかが本物だということは、十分に理解し合っていた。


 ミルキィウェィが星屑のひとところを一層明るく流れていた。もう夜空の星ぼしは流星をチョーク代わりにして、種々な星座の絵を描き出していた。私達はうつけたようになって、そういった様子をいつまでも眺めやっていた。


 何処からともなく、虫たちの声が賛美歌のように静かに地を彷徨いながら響いてくる。沈黙がそれを一層引き立てていた。近くの唐黍畑から、風が乾いた葉擦れの音を引きもいだ。


 その風の余韻が草地を這って、やがて私達の足元から跳ね上がり、私達の顔だの髪の毛だのを掠め過ぎた。


私達はどちらからともなしに合図をし合い、部屋へ引き返して行った。

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