第3話 【宝物】


「アロハ!」


小鳥が歌うように、少女たちは私に向かって投げかけた。

私も気軽そうに少女たちに向かって、同じ言葉を返してやった。

 いま私の暮らしている宿屋の近くには、いかにも田舎らしい、こじんまりとした小学校が、カボチャや豆類のいちめんに植わった畑に囲まれながら建っている。その校舎からは、いつも子供たちの朗読する声が明るく響いていた。時には青空の下いっぱいに陽気な歌声が流れてくることもあり、散歩の折に私がその校舎の前を偶然通りがかった時などは、自分でも知らぬ間にその場に佇(たたず)んで、子供たちの歌声に耳を傾けるようなこともあった。


 つい二三日前に、そんな小学校のそばの村道で、私はその二人の少女に出会った。

 裸足で、健康そうで、明るくて、そういういかにも少女らしい女の子たちの様子は、私には眩しいくらいだった。


 私たちはそれからというもの、出会う度ごとに、「アロハ!」とお互いに楽しそうに挨拶を交わした。少女たちはその挨拶を、陽気に可愛らしく、時には揶揄(からか)うように私に向かって投げかけた。私はオウムのように、少女たちと同じ口調をもってそれに応じた。それは一層、私たちの挨拶を、どこまでも愉しく、そうして慕わしげにするのだった。


 或る日私は、毎日日課のようになっている散歩の折に(それは午後のことだった)また偶然にも少女たちに出会った。

 二人の少女は水を得た小鳥のように、「アロハ! アロハ!」と愉しげに私に向かって繰り返した。私はその日はいつもとは一風異なった返事をしてやりたいと思いながら、「ハロウ!」とそれに応じた。


 すると、思いがけず少女たちは黙ってしまった。

 私は何だか気まずい思いで、少女たちを見返して立ち止まった。少女たちは暫く黙り合ったまま、何か訴えたいような目つきをして、そうそれはいかにも私を攻めているかのように私を見据えるのだった。が、次の瞬間には、一方の少女がごくかすかな声で「……ハロウ」と再び口をきいた。その声はいかにもさみしいような気がした。私は何が何だか分からないままに、不意と口を衝(つ)いて出てきた、私たちの馴染みの挨拶の「アロハ」を困惑した顔をしながら、口に出していた。


 すると、にわかに少女たちの顔に明るさが蘇ってきたようだった。一方の少女は微笑さえしだした。

 少女たちは今までとは打って変わった調子で、あたかも滝つぼの落流による泡立ちのような瑞々しさをその顔にまんべんなく浮かべながら、あの私たちの馴染みの挨拶を、小鳥の歌を、私へと響かせた。


 「アロハ――ロハロハ――アロハ!」


 私はそれとそっくり同じような調子で、少女たちに私たちだけの挨拶を交わしてやりながら、何だか胸が少し苦しくなってきたような気がした。


 「……こんな単純な、ただ何気なさそうにしていた私たちの挨拶、――しかしそれは何という私たちだけの、親しい挨拶だろうか」


 さっきまで私のそばにいた少女たちは、今は小さく見えにくくなりながら、私の背後の雑木林の抜け道を、二人で手をつないで歩いて行っているらしい。所どころで、そんな二人を邪魔するように雑木が少女たちの前に立ちはだかると、その度ごとに二人はつないでいた手を放してその雑木の間をすり抜けた。そうして又、二人はお見合いをするような格好で手をつなぎ合わせながら、さも愉(たの)しそうに歩いてゆく。


そんな光景がほとんど見えなくなる位まで、私は少女たちを見送っていた。


 「何が私の宝物で……何があなた方の宝物……」


 そんないかにも詩句になりそうな言葉を、私は自分の口から衝(つ)いて出るがままにさせていた。……


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