45_暴走

 その少年は大鳥の怪物へと変貌を遂げた。顕現したそれの口からは唾液が滴っていた。その怪物は腹が空いていたようで、眼前の山羊の獣人の死体を見やるとそれを喰らい始めた。まるでハゲワシが死体を貪るように獰猛に。しばらくして空腹が紛れたのか、はたまた味に飽きたのか、その化け物は食べ散らかした屍をそのままに内と外を隔てる結界の方へと歩き出した。

 大鳥は結界に近づき、干渉した。しかし、恐ろしい程強い水圧で展開される数多の壁に触れた途端、指数本が切れ落ちた。

「ガガァッ!」

 突然の痛みに怪物は叫ぶ。だが、切断された指は瞬く間に新たなものが形成され、元に戻った。するとそれは水の檻から距離をとった。出ることを諦めたのだろうか。


 …否


 次の瞬間、翼で身を覆い、全体重をかけ結界目掛けて突進した。その化け物の身体能力は能力者のそれを…そして先の戦闘で苦戦を強いられた獣人をも圧倒する。

 翼に傷を負いながらも、その攻撃は結界に罅を入れた。もう二、三度同じことをすれば、化け物はこの王国の首都たる『天誅』に放たれてしまう。

 …ズガンッ

 そんな時、不意に水の牢獄の天井が大きな亀裂を伴いながら、穴を開けた。

 刹那の間、一筋の極光が大鳥の怪物を地に串刺した。

「……久しぶり、ヨスガ」

 緋色の目と白い髪を持つ少女がその空間に飛来した。


*  *  *


 俺たちが馬を駆り天誅に向かっていた時、鼻歌を歌いながら都市へと歩く旅人を発見した。

「ふん、ふふん、ふふん」

 そんな呑気な歌を口ずさんでいた。辺りが静かだからかその音はよく響いた。

非常事態の伝達は各都市で行われているはずだ。たまたま都市部から出ていて気づかなかったのだろうか。

 しかし、足を放り出すその歩き方から異様さを感じた。

 …旅人なら、あんなに非効率な歩き方をするだろうか

 馬の背で俺はそんなことを考えた。そこである一つの可能性に至る。杞憂だったら、それに越したことはないが…そうでなければ大惨事は必定だ。

 そこまで考えて、目に能力を発現させる。すると旅人の自然力は靄が掛かったように読み取ることができなかった。こういう時は前にも何度かあった。

 …まずいな

「ハク、先に天誅に行ってくれ。俺はやることができた」

「……わかった」

 そう言って、進行方向から右手に外れその旅人の方へと向かった。その途中で顔を悟られないよう、フードを深く被る。馬を近隣の森の中に隠し、俺は能力を発動。その足で彼の方向へ向かった。

 俺はそいつの前に立つと、腰の剣を抜く。

「う〜ん?ヤダなぁ。物騒じゃないか」

 それはニヤけながらそう言う。俺は聞く耳を持たず、その人を切り裂いた。

 一閃。左肩から右足に掛けて切り傷が走る。俺は踏み込むと、喉元をついた。

 それにも関わらず、それは何もなかったように話し出す。

「あ〜あ。もうバレちゃってたか。まあ、僕もわかってたんだけどね。久しぶりだね、快斗くん」

 すると眼前の人がその形を粘土のような流体へと変え、俺から距離をとった。その流体は形を人型に再形成する。その姿は初代王、三日月暮羽その人だった。

「お前を都市に行かせるわけないだろ、『影ビト』」

「う〜ん。前より擬態は上手くなったと思ったんだけどなぁ…」

 それは話を聞いている様子はなく、独りごちる。人差し指を口元へと持って行き、明後日の方を向くような仕草をする。

「君も老けたねぇ。まあそうか、人は二十年も経ったら、老けるよね」

 初代王の体は十八程度で成長が止まっていた。それもそうだ。第三段階を超える『第四段階.妖精との融合』が行われると人は不死に至ると言われている。しかし、未だその事実は不確定なままだ。それはこの段階まで昇華した魔術師は初代王と榎本エミという魔術師しかいないからだった。

「人なら、老けるさ。だが、弱くなったとは思わない方がいいぞ」

 俺は身体の自然力を激しく発散させる。単なる能力者を超えるために開発された『然力の流れと純粋な運動がぴたりと一致した時に発生する衝撃は、単に能力を発動している時の運動能力を凌駕する』この技術〈インパクト〉は影ビトや獣人という能力者でも格上とされる相手に対して対応するために生まれた。ちょうど第一次巨人大戦終戦間際の話だ。

「何だか面白い使い方をしているね。…ふん。僕は体が自然力と親和し過ぎていて使えないみたいだ。まあ、いいけど。そこ通してくれない。僕、用事あるんだよね」

「断る、と言ったら」

「ふん……。死んでもらうしかないか」

 刹那、地面がわずかに揺れた。俺はその異変を察知し、目に能力を展開。それが地魔術であることを認識するとその場を飛び退く。

 「地」中級魔術〈隆起〉

 後方に着地するとそこには長方形の形で土が固められた柱が何本も形成されていた。

「僕がこれで終わるわけないでしょ」

 「地」最上級魔術〈地龍ノ頭蓋〉

 影ビトがそう言うと、その盛り上がった土が変化し、龍の型を為す。それは着地した後にわずかに起こる硬直時間を狙って放たれた。刹那、俺は掌に火弾を生成して、圧縮。迫る龍の横顔に叩きつける。するとそこを中心に砕け始め、文字通り土へ還った。

「ヒュ〜。いいね〜」

 わざとらしくその異形は手を叩いた。

 …調子狂うな

 記録上の影ビトとの戦闘記録では常に書かれていることがある。「奴のペースに呑まれるな」と。その異形はいかに切羽詰まった状況であれ、調子を崩さない。自ら、状況を判断せよ、と。今回は三度目の戦闘になる俺もこの剽軽な異形との戦闘は苦手としていた。

 しかし、都市に行かせるわけには行かない。百年前のように王族の一人でも攫われてしまえば、現状の小康状態は容易に崩れ去る。

 初代王の子供は少なからず、初代王その人の血を引く。その血は妖精と人間の融合体の血であり、影ビトのように乗っ取られて仕舞えば、相手は強大な力を得ることになる。

 初代王の血に発現する特殊能力、知っているだけでも『遡眼そがん』、『烈眼』、『未来視』、『純粋自然力の直接行使』や『属性に囚われない魔術の使用』。能力から制約に至るまで常人とは違う特殊能力を目覚めさせる。それらは初代王が持っていたものでその人に最も適正の高いものが隔世遺伝で齎されるとされている。

 実際、百年前。それほど天誅の警備網が整っていなかった頃、『烈眼:魔術の出力の大幅な上昇』をもつ王族の子供が影ビトに盗まれ、後の第一次巨人大戦で猛威を振るった。

 「お前はここで足止めさせてもらう」

 その宣言と共に、俺は影ビトとの戦闘を開始した。



 影ビトとの戦闘は苛烈を極めた。次々と繰り出される最上級魔術に身体能力と剣技にモノを言わせて、対応する。しかし、分が悪かった。一方は体力の尽きない体を持ち、一方はそれが有限の体を持つ。

 この異形と魔術も使えず、生身で戦った興梠こうろぎ陸、初代王の義兄に当たる人がいかに天才的であったかが身に沁みて分かる。

「ほら、ほら〜。頑張って〜」

 その異形が腕を振るうとその向きに沿って魔術が放出される。火、水、風、地。何でもありだ。瞬間、高出力の火の刃が形成され、地を焦がしながら凄まじい速度で俺へと迫る。自然力を込めた白耀石の剣で魔術そのものを斬り、すぐさま次の攻撃に備える。

 …何がくる

 精神が休まる暇などない。敵の動作を指先に至るまで洞察する。それを何百と繰り返していた。

 その時、都市の方から巨大で禍々しい自然力が突如として顕現した。

 …あっちにはハクを向かわせた俺はこっちに集中しろ

 そこへと飛んだ意識を瞬時に今に戻し、俺の戦場に目をやった。

 そして、切り札の一つである魔剣を使用する。

 複合魔術:「火、雷」魔剣〈火雷大神ほのいかづちのおおかみ

「や〜めた」

 影ビトは突然、そう宣言した。

「何?」

「だって、僕の配下やられちゃったみたいだし。流石に魔術師五百人と僕じゃ分が悪い。それじゃ」

「待てっ!」

 刹那、火魔術と水魔術双方を同時に行使して起こした爆発的な水蒸気、その靄に紛れて影ビトは戦場から姿を消した。

 念の為としばらくの間、目の能力を解放し、周囲を観察していたが、それらしい気配はつかめなかった。

 俺はそこで監視をやめて、剣を鞘に収める。

 …あの禍々しい自然力。嫌な予感がするな

 胸中のざわめきが時が経つごとに肥大していく。馬を隠した森へと急ぎ、俺は天誅へと駆けた。

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