42_祠と災厄

 あれからさらに三度の戦闘を経て、僕らは祠まであと一キロ弱というところまで来ていた。

「ヨスガ、大丈夫?」

「大丈夫だよ、クロエ」

 僕はそう言葉を捻り出した。正直大丈夫ではなかった。先の『強制接続』の影響か、頭がグラグラと回る。特に前頭葉の痛みは筆舌に尽くし難い。

「なあ、騎士様。あとどのくらいだ」

「後ちょっとです、あっ!祠が見えましたよ」

 隣の隊からそんな会話が聞こえる。

 すると街の外れの北東方向の遥か上にそれは現れた。初代王によって作られたその結界は青く澄んだ輝きを放っている。あそこまで人々を送り届ければ、この埒外の任務も終わりとなる。後に帰還する実力者に掃討を任せれば、事は収束へと向かうだろう。

 都市からそこへと続く昇り坂に差し掛かる。そこには他の避難民からなる長蛇の列が作られていた。坂にはところどころ憲兵による警備が見受けられる。僕らは避難民をその列へと誘導、そのまま坂の下で待機となった。


 坂の下は簡易的な拠点が作成されており、僕らもそこに入る。ここの管理者から警備のローテーションの中に僕らも追加することを告げられた。しかし、まずは休憩。温かいスープが配られる。

「はふっ、はふっ。あたたまる〜」

 クロエがそれを息で覚ましながら、口へと運ぶ。

「なんとかなってよかったな」 

 ユウが口角を上げる。瞼は下がり、その目からは安堵の表情が読み取れた。

 実際、かなり危なかった。ユウの円輪チャクラムはもう四つともボロボロ。僕の『白耀鉱石製の剣』も刃こぼれ、よく使う剣身の真ん中あたりにはひびと思しきものも見受けられる。自然力で硬度を強化していてこれなので、普通に使っていたら今頃折れていたかも知れない。各自の自然力には余裕があるが魔獣の再生力を加味すると、精々中型魔獣を五、六匹倒せるかというところだろう。

 頭痛が酷くなってきた僕は近くにある腰ほどの高さの木箱を背にして、目を閉じた。



 次、起きた時には頭痛はかなり軽減されていた。軽食の効果も大きい。消化が終わったのか、自然力も先ほどよりは回復している。

「あら、ヨスガ起きたの」

「悪い、寝入ってしまって…」

「いいのよ、私とチヅルなんて攻撃手段がなくてほとんどヨスガとユウに任せっぱなしだったしね」

 三十分程寝ていたらしい。だが、まだ警備の交代までは時間があるらしく、僕は剣の整備を始める。血振りをしていたと云っても、あれだけの戦闘をこなすと乾いた血が何層にもなってこびり付いていた。

 まず剣身を水の張られた桶に沈めて、それから布でこそぎ落としていく。しばらくそれを続けると、全てではないが大分マシになった。憲兵に油をもらい、剣に塗る。錆防止だ。そこまで終えて鞘に収める。その時、声が掛かった。

「おおーい、若ぇ奴ら。交代だ、あと頼むぞ」

 憲兵だろう。鎧で全身を固めたその人は柔らかい調子でそういうと拠点の中へ入っていった。


「もうひと頑張りしましょうか」

 クロエは腕を上げて胸を張り、ぐいと背中の筋肉をほぐす。僕はユウ、クロエはチズルにそれぞれ声をかけて、天幕を出た。任されたのは坂の下の人の整理だった。注意事項を復唱し、聞かれたことに答え、民を安心させる役割だ。

「こちらが祠へ続く道となります」

「あとどのくらい並ぶんだい」

「一時間少々かと」

「父と娘いらっしゃいませんか」

「祠入り口で身元の確認を行なっております。このままお進みください」

 特に多いのは時間についてと身内の安否についてだった。特に身内の方は僕が避難民だったら間違いなく聞くだろう。今できるのがたらい回しのような対応なのが口惜しかった。

 ぎりりと歯噛みしたその時。

 ヴァン、ヴァン、ヴァン!と連続的な破砕音が耳に届く。その方を見ると次々と建物が倒壊していた。その倒壊の波はこちらの方へとやってくる。こちらから最も近い家が激しい爆発に巻き込まれる。粉塵が辺りを覆い、僕は目を瞑った。

 自体を把握するために能力を発動させる。その時見たのは一体と一匹だった。


——蒼葉⁉︎


 能力を一度切って、〈檄突げきとつ〉を用い最高速で彼の元へ向かった。

「どうなっている」

『あいつはやばい。俺の隊のやつ、民衆含めて全部やられた』

 彼曰く、突然現れたそれはその場の人を瞬時に切り裂き、殺したのだとか。彼自身は動物的勘で逃げ仰せ、戦闘中に運よくこちらにきたらしかった。

 それを聞いて、再び能力発動状態に至った刹那。半ば後傾しながら、飛びかかってきたそれとの間に剣を引き抜く。

 捉えたその姿は異様だった。山羊のような頭、長く捩れ曲がった角、全身が毛に覆われている。しかし、その草食獣と思しき特徴を持つそれは立っていた。二足歩行に五本の指。指先こそ山羊のような特徴こそあれ、明らかに異質だった。

…これが、獣人か

 僕はその事実に息を呑んだ。獣の特徴を持ち、二足歩行をする生物。知能は人に近いとされ、戦場に首領として現れるそれは歴戦の能力者でさえ手を焼く代物だそうだ。現に僕も剣を盾に使うのが精一杯。能力発動状態の強化された視覚でさえ、攻撃を完全に捉えられていなかった。

 僕は剣を支点に体を回転させ、右足に感覚を集中し〈檄突げきとつ〉を左脇ばらに打ち、小康状態を脱する。相手は左方向へとすっ飛んでいった。

「…あんな化け物相手によく一発も喰らわなかったな」

『勘だ、勘。運が良かっただけだ、お前も切り札使っちまってよかったのか』

「『獣人』だっていうのは分かっている。これで効かなかった打つ手は限られてくるよ」

 たった二回。それだけの行動で息が上がっていた。すると瓦礫の中でかの獣人が立ち上がるのが目に入った。能力発動状態に至りたい気持ちを抑え、思考する。今、能力の全開状態に入ってしまったら、〈檄突げきとつ〉は使えない。眼、眼だけだ。練習では感覚の一部のみに能力を発動されるのはできていた。

…集中するんだ、僕

 瞬時に目を瞑り、見開いた。ところどころ通常時の視覚が機能し、能力発動時と入り混じっていた。そんな半端な状態の中、獣人の反撃が始まった。瞬時に距離を詰めた化け物は腕による「突き」や「切り裂き」、足による「回し蹴り」、「踵落とし」など多種多様な攻撃を繰り出してくる。

 その一つ一つに剣で受けたり、いなしたり、体ごと避けたり半身にしたりと対応する。さらにその動作一つ一つに〈檄突げきとつ〉を行う。体の各所で能力の発動と切断が相次ぎ、脳が処理不良になりそうだった。

 しかし、そんな切迫した状況の中、視界が明瞭になってきた。体がこの土壇場で「一部のみの能力の発動」を心得たらしかった。

 瞭然となった視界で相手の攻撃を予知し避け、反撃に剣を下から振り上げた。わずかに胸に掠ったものの後傾した姿勢で避けられる。相手はそのまま後方に飛んだ。

「ジ、ガガ、ジ」

『よくやる人間もいたもんだ』

…しゃべった

『王からは簡単だって聞いてたんだけどな。いいぜ、本気出してやる。覚悟しろ』

 言っている言葉は分からないが、意味が頭に入ってくる。不思議な感覚だった。しかし、これ以上やられたら、反応できようはずもない。今でも相手の自然力の流れから行動と予期するという戦い方。先ほど同様、視覚で攻撃を捉えられているわけではない。

 辺りを見回すが、僕以上の能力者は見受けられなかった。後ろには民衆、それに大事な友達もいる。学校生活が楽しいのは彼らのおかげだ。

…僕だけなら、逃げることも可能だろう

 そんな思考が頭をよぎる。赤の他人だけだったら、そうしたかもしれない。でも、僕は自分の命より仲間と一緒にいることを強く求めてしまっていた。ここまで親交の深い友達ができたのは初めてだった。もう一度彼らのような人に会えるだろうか。その確率もあるだろう。でも確実じゃない。それに彼らを失った悔恨はその時もあるはずだ。

「…守りたい。蒼葉、僕はみんなを守りたい。だから、アレを使う。獣になる」

 きっとできる。あの時から死に物狂いで鍛錬してきた。それに、この数週間で自然力の扱いは飛躍した。

『お前がそう決めたなら、しょうがない。俺は役目をきちんとやるだけだ』

「ありがとう」

 その時、獣の自然力が発散され、視界が白飛びした。その放出された自然力が相手が格上であることを告げる。

『人間にはこれが効くって聞いたぞ』

「そうだね、人間相手だったら、効くかもね。でも、君がこれから戦うのは『獣』だよ」

 眼前に迫る獣を前に僕は服の右袖から腕を引き抜き、言の葉を紡いだ。


 『内なる我を解き放つ』


 刹那、意識は黒く深い場所へと埋没した。

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