41_無知の恐怖

…もう、何度目の戦闘だろう

 僕は、目の前の魔獣を斬り伏せてからそうボヤいた。剣を振う腕にも疲労が溜まり、それを支えているだけで筋繊維が震える。なんとか剣を手元に戻し、鞘に収める。

…国民の前だ。気丈に振る舞わないと

 大きく息を吸うと背筋、表情に最善の注意を払い、隊列に戻る。

 幸い、僕らは都市中心地を迂回しているため、小型もしくは中型の魔獣以外と会敵しなかった。

 街の構造は東西南北の大通り以外は、人が横並びで三人通れるかという路地が大半である。大型の魔獣、巨人が中央から乱入するまではまだ時間があった。

 しかし、それでも度重なる魔獣との戦闘、長距離の移動で疲弊していた。なんとか安心感を演出しようとはするが、他の二隊を見ても疲労が感じ取れる。自分も少なからず、そうなのだろうと思った。避難民にも目をやるが、明らかに当初から会話が減っていた。煤に覆われた顔から不安の色が濃くなったようにも感じられる。


…またか

 しばらく進むと、索敵を行っている兎、山羊の魔獣が見えた。こいつらは一匹逃しただけで僕らの位置が相手に露呈してしまう。正直、中型よりも厄介だった。それらを駆逐すべく、剣の柄に手をかけたその時。

 魔獣の首が独りでに落ちた。兎三匹、山羊一匹それらの首が一手にだ。遅れて胴体が崩れて地面に血が滴る。死体の近くから宙に青白い軌道が走り、それは僕の後方に飛び去った。

「あとは僕がやる。ヨスガ、君は休め」

 振り向くと、手のひらほどの円に刃のついた金属製の武器を持つユウの姿があった。

——円輪チャクラム

「一回でこんな感じか、魔獣相手だったら妥当かな」

 ユウはそう呟く。民衆、生徒の目が彼に集中していた。

「……何で、今まで使わなかったんだ」

「そうよ、あなたが戦っていたらもっと早く祠に着けたんじゃないの!」

 民衆が囃し立てた言葉はすぐに伝播し、大きな不満を生んだ。しかし、彼らの中には眉を顰める人もいた。一人の老人だった。その体つきから元はなんらかの戦闘職についていたことがわかる。その人はおそらく知っているのだろう。もちろん、僕ら生徒もよく知っている。

 あの武器は『劣化が著しく早い』のだ。だから、普段使いには向かない。ただでさえ高い鉄製品にも関わらず、劣化も早いとなれば誰も買わないだろう。

 円輪チャクラムは、薄い5ミリほどの鉄板を円形に加工し、それに刃をつけた武器だ。主な使い方は『魔弾を付与したそれを高速回転させ、魔術によって軌道をコントロールする』というもの。しかし、武器は刃の部分が瞬く間に劣化する仕様に加え、コントロールもし難いという市場からは欠陥品と烙印の押された代物だった。

 それを体が疲弊した現状で、あの精度で使えるというのは本来、賞賛すべきことだった。今まで使わなかったのは、先の見えない戦闘ゆえの事だろう。

「ちょっと聞いてくれ!」

 そういうも民の上げる不満、罵声、苦言にかき消されてしまう。民衆を今、納得させたいが、正直、それよりも懸念しなければいけないことがあった。

 それは、ここに留まることだ。一刻も早く祠に着かなければ、大型の魔獣や巨人。それに未知の脅威が顔を出すかもしれない。僕は至極、焦った。

…ああ、クソ

『国民の皆様、耳をお貸しください』

 僕はなけなしの自然力を用い、その場にいる自隊三十人に加え周囲の二隊に『強制接続』で各人の脳に直接話しかけた。

『かの騎士の弾劾は後にしてください。今はそれよりもここを離れ、祠に着くことが懸命です。どうかご容赦ください』

 民も頭が悪いわけではない、激情に駆られてしまっているだけだ。これを聞くと苦言を呈しながらも、非難は下火になった。周囲の生徒によって統制がとられ、再度祠に向かって出立した。


「ごめんよ、ユウ」

 クロエに前方を任せ、一時的に後方に流れた僕は、彼にそう謝った。さっきは彼を悪者にしてしまったのだ。

「分かっている。あそこで円輪チャクラムの説明をする時間はなかった。君はよくやってくれた。僕もこれからは積極的に戦闘に参加する。流石にこれが壊れたら、補助に回ることになるがな」

 そう言って彼はすでに表面に傷の入ったものと、ストックと思われる未使用の三枚をちらつかせた。



 後になって聞いたことだが彼は幼少の頃、これと云って得意な武器種がなかったらしい。

 それとなく街をほっつき歩いていたところ、露天で投げ売りにされていた円輪チャクラムを見つけた。「刃が欠けやすいこと」は事前にその露天の経営者が教えてくれていたようだ。器用な彼はただの鉄板を円形に切り出しただけのものを自前で作り、練習を繰り返したらしい。これに関してはかなりの才があったようで、三週間もしないうちに習得。実戦でもかなりの戦歴を上げた、と自慢げに話してくれた。

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