40_都市襲来
その夜、鍛錬をしていた僕は周囲から不意にざわめきを感じ取った。
…なんだ
あからさまに不穏な雰囲気が王都中央から伝わってくる。この感覚は…強大な自然力。能力を発揮しているわけでも無いのに、そう直感した。そして、能力を発動して確信する。
バジリスクの時と同じだった。いや、それより酷いかもしれない。王都の外れにあるこの森で既に視界が半ば白飛びして、明滅している。しかし、不思議なことにそれは一瞬でなくなった。視界が通常に戻った僕は不可解な出来事に首を捻った。
…疲れているのかな。今日は少し早めに切り上げて早く床に入ろう
そう決めて、鍛錬を再開した。木の上で幹に背中を預けて胡座を掻き、体の中央で手を組む。基本的な瞑想の型だ。瞳を閉じて体内の自然力の動きに注目する。そして、組んだ腕に集中されるように想像し、両手が仄かに暖かくなるのを感じた。
…いいぞ。支配できてる
尚も続けていると、腕はより暖かさを増し明確に自然力が両腕に蓄積されているのが分かった。ゆっくりと目を開けると前腕が白い燐光を放っており、部分的な能力発動状態であることを示す。それを確認すると、僕は腕の自然力が発散するようなイメージをして能力を解除する。
…よし、次は耳だけでやってみよう
そう決めて、再び瞑想に入ろうとしたその時。脳内に声が響いた。
『ヨスガ、ヨスガ!ったく、あいつどこいんだよ』
蒼葉の声だった。耳を澄ますと、森の中を疾駆する彼の足音が僅かながらに聞こえた。僕は動作を切り上げて、彼の持つ自然力の波長に自身のそれを同調させる。
『どうしたの、蒼葉』
『がっ!やっと繋がりやがった。今すぐ寮に戻ってこい。緊急事態だ!』
『僕、まだ鍛錬終わってないんだけど…』
『んなこと、どうでもいい!』
彼は僕の言葉に容赦なく噛みついた。その余裕のなさから、今が何かが切迫した状況であること僕は理解した。
『どうしたの』
『王都に巨人、魔獣を含む軍団が現れた』
…え?
僕は硬直した。信じられない情報に幾度か瞬きをする。そこでさっきの一瞬で消えた自然力のことを思い出した。
…まさか、あれがきっかけか。でも、どうやって
『蒼葉、詳しく——』
『それを今からやるんだ。寮母さんが緊急招集をかけたんだ!俺は先に戻る』
『分かった、僕もすぐ戻る』
僕は通信を切るとすぐさま能力を全開放。最大限の速度で森を駆けた。
「緊急なので、事情は省きます。この王都『天誅』は現在、『大地ノ民』らに襲撃されています」
僕が寮に戻ると既に寮生の全員が広間に集合し、話が始まっていた。本当に近近で集まったらしく、私服の生徒が多く目に入る。僕は腰を低くして、列の後方に座る。
「今は間が悪く、警備が手薄です。それにほとんどの教員と実力のある生徒が不在です」
淡々と要件を述べる寮母の話を聞いていると、大きな爆発音が届いた。
「……もはや、一刻の猶予もないか。皆に告ぎます。信頼のおける仲間と少人数の班を作り、住民を北東の『四大妖精の祠』へ避難させてください。あそこなら強固な結界式で安全です」
「寮母さん、いくつか尋ねたいことがあるのですが…」
すると一人の生徒が申し訳なさそうに手を挙げ、彼女に説明を要求した。それもそうだろう。今のでは「大地ノ民が襲来したこと」しか分からない。敵の戦力は、個体数は。住民の避難の度合い…。聞きたいことは山ほどあるだろう。
「申し訳ありませんが、質問に答えている時間すら惜しいのです。お願いします。事情を知らずして動いてもらうことは叶いませんか」
寮母さんはそういうと、首を垂れた。高齢のそれも高位の魔術師が学生に頭を下げた。この普通ではあり得ない行為が現状の深刻さを物語った。
「ほら、何をしているのですか。魔術師が頭を下げたのです。動きますよ、みなさん」
騒めく空間を一人の女生徒が凛々しい声で切り割いた。それを皮切りに辺りを見回し、数十秒もしないうちに班が構成される。
「ヨスガくん、こっちこっち」
声の方を見ると、チヅルが手招きをしていた。合流し、広場の左端の方まで移動する。クロエ、ユウ、蒼葉の姿もそこにあった。一度部屋に戻って着替え、装備を整えたのち再集合する。みな真新しい騎士制服だ。偽りだが、市民を安心させるためという名目で貸し出されている。クロエが大小二張の弓が携えられているのが目立った。
「揃ったわね、行きましょう」
クロエはそういうと寮の出口に向かった。
「早く行きましょう、私が知っている限りのことは移動しながら話すわ」
僕らはクロエに連れられて寮を出た。
クロエは僕らに言った。
・現在、『北部戦線』では『第一次巨人大戦』に匹敵する戦闘が行われていること
・ナオトがそれに参加していること。戦線に戦力を集中させたために、不足の事態に陥り、対応が完全に後手になったこと
・この事実は国民が当惑しないよう、本来は伏せられていること
・おそらくすぐには応援を期待できないこと
住人の多くは事の全容が気になって、野次馬になっていた。口頭で「大地ノ民に都市が襲われていること」、「北東にある『四大妖精の祠』が避難場所である事」を告げる。他の生徒達も同じようにして、祠へ誘導していた。
住人を集め、その四つ端に生徒が付いたグループをいくつも作り、移動を開始する。だいたい一塊、三十人程度だろうか。寮、近隣の住民があらかた固まると、より危険な都市中央に憲兵達が向かった。
都市の中心部は酷い有様のようで、迂回して祠に行くことになった。僕らは左まわりだ。各セクションに能力者、物憑きが配置され、即席の連絡網を形成しているので、情報共有はなされている。時々現れる中型の魔獣が出るたび、生徒達が処理していた。
普段は魔石による紫色のあかりに包まれる街は、その灯の代わりに各地で起こる火災が赤く照らしている。狼の遠吠え、獣の唸り声、巨人の咆哮が都市で鳴動し、各所から爆発、破砕、崩落が相次ぎ、天には煙が幾重にも上っていた。
移動の中で、魔獣が大通りを経由して現れることが分かったためなるべく避けて、祠に向かっていた。その時、不安定な波長の自然力を受信した。
…じ、……じじ、………じ。
『各…セク……ショ…ン、へほう…こ…く。中心…ち、に『獣人』…あり…繰り——』
最後に響いたのは頭が砕かれる音だった。あまりに衝撃的な音に呼吸が浅くなり、冷や汗をかく。
「ヨスガ、何かあったかしら」
そういうクロエに『獣人』との交戦があったことを話した。瞬間、クロエの顔が真っ青になった。
「ヨスガ、いいかしら。ここにいる人たちにはそれは共有しないで。下手を打てば、パニックになるかもしれない。救える命も救えなくなるわ。会敵しないように祈りましょ」
「ねーねー。騎士のお兄ちゃんとお姉ちゃん、何話してたの?」
「えっ、あっ…その——」
「ん〜と。秘密のお話」
幼女の純朴な問いにどう答えるべきか画策する僕をよそにクロエは顔を繕い、人差し指を口元で立てる。
「え〜〜。あっ!分かった。お兄ちゃんとお姉ちゃんラブラブなんだ。けど、今は人がいっぱい。だから、ヒソヒソ話すんだ」
少女は胸の前で手を組んで自身たっぷりにそういった。
「どうだろうね〜」
それを当然のようにいなすクロエ。小さい子の扱いに慣れているのだろうか。それにしてもこの緊迫した状況の中で、会話を弾ませ不安を軽減するのはなかなかできることではないだろう。
「ガァガァガガァガガガ」
「グァガガァガァガ」
「ヴ〜〜〜〜」
その時、進行方向の右手から二体の狼、一体のグリズリーが現れた。もちろん、どちらも魔獣だ。今日だけで何回目だろうか。大通りを迂回しながら進む僕らだったが、それでも高頻度で会敵していた。
狼二匹はこちらを威嚇するとすぐに口元に「火」を加え、それを頭の一回り大きいくらいの火球に成形し、こちらに放出する。
「クロエ、任せた」
「任された、後よろしく」
彼女はすぐさま水の魔弾を生成すると、こちらに迫る火のそれと相殺する。僕はそれを見届けずに右足のみ能力を解放。敵との距離を瞬く間に詰めて、鞘に収まった剣を引き抜く。
〈抜刀術:神速〉
一太刀で狼二匹を絶命させると、横薙ぎした剣を切り返し、上から下に振り抜く。やはり、自然力を込めた『白耀石製の剣』は強度も鋭さも逸脱している。グリズリーの大樹の幹のように太い胴体をさも当然のように切り裂いた。
敵の絶命、周囲の安全の確認を終えると剣を血振りして鞘に戻す。蒼葉は『物憑き』故に別の隊に持って行かれてしまったが、クロエの対応力に助けられ、普段あいつと組んでいる時と相違ない動きができていた。
「ありがとう、クロエ」
「どういたしまして」
戦闘を終え、元の位置に戻ると再び集団は祠に向けて動き出した。
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