29_休息と不穏な胸騒ぎ
「あの人達、やっぱり碌に依頼もせずにくつろいでいるわ」
僕らは昼過ぎにあった二人組のことが気になって窓から覗いていた。眼前にあったのは干し肉の残骸と葡萄酒の空壺が部屋の中で乱雑になっている惨状だ。彼らは散らかったままの机の上でまだ飲み食いをしている。おかしな行動をとっていることから酔いが回っているのは明らかだった。こちらに気づく素振りもない。
「絡まれると面倒だわ。離れにある小屋の台所を使いましょう?」
「だな」
クロエとナオトに同意して僕らはそっとその場を離れ、敷地内にあるもう一つのこぢんまりとした煙突のある小屋に向かった。扉を開けると台所と倒木から切り出されたであろう大きな机が目に入る。その奥にも扉があった。その時、あることがふと気になった。
「クロエ、ナオト。なんでここが台所だと分かったの?」
「ここ、町から離れているじゃない。大体こういう土地の別荘というのは客人が泊まれるように小屋を作っていることが多いのよ」
「まあ、物置になってる家もあるけどな。金森はそういうとこちゃんとしてっから」
ナオトとクロエはここではない別の別荘に行ったことがあるらしい。その時の屋敷の様子からここも使えるだろうと踏んでいたようだった。
「鍋もあるし、始めましょうか」
確かに早くしないと兎からガスが発生して不味くなる。獣臭さは香辛料でなんとかなるがガスが出始めると品質が極端に落ちる。さっき水魔術で兎肉を冷やしてはいたがそれも間に合わせにしかならない。
「それは任せる。俺はちょっと外、行ってくるわ」
「わ、私は何やればいいかな」
ナオトは露も知らずといった感じで小屋を出て行ってしまう。チヅルはクロエの手伝いに入った。二人とも手際がよくユウと僕、蒼葉は手持ち無沙汰になってしまう。しかし、これといってこの小屋の中でやることはなさそうだった。大人しく備え付けの椅子に座り、様子を見ることにした。
「あっ……風呂」
しばらくすると何か思い出したようにユウが呟き、立ち上がって奥の扉を覗いた。僕も後ろからついて行き、中を見る。彼の推察通り風呂場をなっていた。
「沸かすのは外からだな。ヨスガ、ナオトに火をつけるよういってきてくれ。あいつ、さっき外行っただろ。僕と…アオバは水を張っておく」
『俺もかよ』
言葉とは裏腹に嫌がっている様子はない。このまま行っても手伝ってくれるはずだ。
「分かった」
僕はユウに了承の意を伝えてから小屋を後にし、夜空の下に出た。扉から見て左側の方にナオトの姿が見える。要件を伝えようとするとその場から何かが飛んでいった。
「ナオト、何してたの」
「鳩だよ、鳩。あいつら二人組は程度ってのを知らないからな」
どうやら金森家には伝書鳩がいるらしい。
動物の大量発生は時期ごとに起こる。その度に
「好きに使って構わないとは書いていたが、あくまで『足りないものを補う程度』ってのが暗黙の了解だ、ヨスガも気をつけろよ」
「分かった。……ああナオト、ユウが風呂の釜戸に火をつけてくれって」
小屋の中に帰ろうとする彼の背中に思い出した用事を告げる。手を振って「あいよー」言いながら風呂場の裏へと進行を変える。すぐに夜闇に紛れ、姿が見えなくなった。
僕が小屋に戻ると香ばしい香りが部屋の中に充満していた。今さっきまで大して空腹でなかったのに急にそれを自覚する。
「あ、ヨスガ。菜園からいくつか野菜とってきて」
椅子に座った途端にクロエから声をかけられる。そういえば鳩小屋(と言っても小さなものだが)の奥に畑が見えたような気がしなくもない。
「分かった」
そういって僕は小屋から出た。
夜は寒い。いくら春とはいえ体に堪える。欲を言えば外に出たくはない。しかし、人が仕事をしているのに怠けるもの気が引ける。…なんてことを考えながら歩いていると菜園に着いた。
小屋の中から持ってきた肩幅くらいのバスケットの中に取ったものを入れていく。量はこれがいっぱいになる程度だと聞いていた。
引き抜いたり、切ったりとこれが中々に疲弊した。姿勢を何度も変えると腰に負担がかかる。単価が高いとはいえ、農家の人は大変だと感じた。
「取ってきたよ」
「ありがとう、ヨスガ。ユウと洗ってもらえるかしら」
帰るとユウは椅子に座り、休憩していた。椅子に沿うようにして蒼葉も地に伏している。
……今頃、ナオトは火力の維持に孤軍奮闘しているのだろう。
野菜の土を落としているとナオトが煤だらけで戻ってきた。
「お疲れ。…あれ、そういえば今日、ペトラ見てないね」
「ああ?そういやそうだな……おい!」
テキトーな呼び声をナオト出す。いつもそれで渋々現れるペトラが現れない。
「たまにあるんだよ。出てこない日がな。明日には出てくるさ」
「騒がしいあの子もいないとそれはそれで寂しいわね」
心配する僕らを他所に彼は平然としている。宿主が一番妖精のことを分かっているのだからナオトがいいと言えば、いいのだろうが気にはなる。
その後は食事を取って順に風呂に入ってから学生服を毛布代わりにして寝た。料理は絶品だった。兎肉と野菜のスープだったか。単純な料理だが味わい深かった。
なんでもクロエが事前に幾つかの香辛料、香草、塩などを混ぜ合わせた調味料を作り持参したらしい。狩りの途中に食べていた串焼きも配合を変えたものだったようだ。
機会があったら今度、作り方を教わりたいと思った。
* * *
夜も深くなり、窓からの月明かりが眩しく感じられる。みんな寝てしまって、寝息がスウスウと響く。アオバは枕にされたり、抱きしめられたりと寝苦しそうだった。俺は小屋の端の方で横になっている。
「ペトラ、起きてるよな」
『なんだ、やっぱりバレてた?』
脳の中で言葉を響かせる。別にいつものように具現化しなくても妖精と契約主は思念で会話することができる。あれはペトラが好きでやっていることだ。
「それで、今日何があった」
単刀直入に俺は聞いた。途中からウサギの解体をやめていたのはペトラからある忠告があったからだ。…仲間には怠けているように見えたのかもしれないが。
『な〜んかここにくる前から嫌な予感がしてさ。ず〜っと周りの自然力を観てたんだ』
具現化していると妖精としての能力を少なからずそれに割くことになる。だから、今日は一向に出てこなかったわけだ。
「それで?」
『狩りをしているときね。一瞬だけ気味の悪い歪み?みたいなのを感じたよ。すぐ分からなくなっちゃったんだけどね』
妖精が感じた違和感は微細なものでも看過できない。明日か数日後か何かがこの森で起こる可能性が高い。もしかしたら、今この瞬間も。
『まあ、一応警戒しといてよ。何もなく帰れれば一応、
「そうだな」
会話を終えるとペトラは再度、周囲の観測に戻った。
今日一日の疲れが溜まっていたのか、ことを終えると睡魔に襲われる。俺はそれを受け入れるようにして入眠した。
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