28_ウサギ狩り

「なんで俺、血抜きとか皮剥ぎとかしてるんだ」

「それはナオトの弓が下手過ぎるからだよ」

 私(千鶴ちづる)はそう言いながら、解体作業に勤しむ。私も彼と同じ火属性の魔術士だから、獣道にいくつかの罠を張り終えると、やることがこれと木の実、食用植物の採集くらいしかなかった。


 アオバちゃんは兎を追い立てたり、食べたりと楽しそうにしていた。今もガツガツと兎にかぶりついている。狼は食べるのが早いと知っていた。少し気になって黒栄ちゃんから渡された時計を見ながらどのくらいで食べるのかを測ってみた。結果、六十秒もしないうちに兎が彼の胃の中に消えてしまうことがわかった。


 普通は森の中で解体作業など出来ようはずもない。血の匂いで肉食獣が寄ってくるからだ。忍足で後ろを取られてしまったらたまったものではない。

 依頼だけなら兎を殺せば終わりであとは森の肉食獣に任せることだってできた。しかし、ヨスガくんが結界を作れることがわかったために「解体して同職組合に皮を売ろう」という話になったのだ。

 結界の作り方は単に石や木などに特殊な文字を複数彫るだけなのだが、少し手元が狂うとそれが持つ効果は全くもって発動しない。今回は彼がたまたま彫刻専攻の卒業生だったからできただけだ。今回は「自分達以外の誰かが近づいたら、音が鳴る」、「臭いの拡散を減退する」という効果のものらしい。


 今頃、兎をヨスガが追っていて黒栄ちゃんが仕留めているのだろうか。ふと森の中で狩を続ける彼らのことが浮かんだ。

「だーー。飽きた」

 直人がもう何羽目か分からない兎を捌き終え、木の枝に干しに行った後に唸り声を上げて背中から倒れる。

「飽きたも何もしょうがないでしょ。私たち魔術も全く使えない状況なんだから」

「…はあ、びっくりした。クロエが来たかと思ったぜ」

「そんなに似てた?」

 彼は周囲を確認してからほっと息をつく。幼少期から彼女に事あるごとに小言をもらうことから、姿が見えない時に声がすると落ち着かないと聞いている。

「ナオト行っても戦力にならないし、高い矢も無くして帰ってくるし、当てたとしても食べられるところで食材の味落とすし、碌なことない」

 私は彼の弱点を的確に貫いた。言われるごとに彼の顔が沈んでいくのがわかる。…少々やりすぎたかも知れない。

「あいつらがうま過ぎるんだろ。アオバは血の匂いを辿れるし走ったら能力者よりはえー、クロエは弓に関しちゃ達人級、ヨスガは器用に弓も追っかけも両方できるし勘が働く、ユウは堅実に狩ってくるしな」

 ただでさえ低かった直人の気分はさらに落ち込み、完全にいじけてしまっていた。ペトラもそうだか直人も大概のお調子物だ。ここで返って「そんなことないよ」などと擁護してしまったら「どこが、何が、どうして」と瞬時に機嫌を直し、詰問が始まる。

 しかし、直人の言おうとすることもわからなくはない。私も専門外だから行かないのではなく、狩組の邪魔になることを懸念してのことだった。彼らの狩りの速度を見たが尋常じゃない。悠と狩りをするという選択肢もあったが、彼は一人の方が動きやすい事情がある。

『チヅル、これも頼む』

 先から黒栄ちゃんとヨスガくんが大して帰ってこないのにアオバちゃんが行ったり来たりしているのは彼らについた血の匂いを頼りに合流することができるからだ。狩った兎をここに運んでくるのもアオバちゃんの仕事。彼は持久力においても人のそれを大きく上回る。

 アオバちゃんや悠が持ってきたそれを私たちは捌き、血抜きが終わったものから部位ごとに切り分ける。それをキノコ類や野草と合わせて串に刺し、香辛料を混合させたものを振りかけ、焚き火の周りに突き刺していく。それを私たちと狩りの合間を縫ってここに来るヨスガくん、黒栄ちゃん、悠が食べるのだ。

 天性の弓術使いと言われている黒栄ちゃんは森人のヨスガくんに引けを取らずに狩りを行なっていた。それもそうだろう、彼女は昔から滅多に的を外すことはなかった。

 そんな芸当を可能にするのは彼女の特別な目によるところもある。視覚だけは能力者のそれと同等なのだ。だから、然力の流れを読み取れる。生物が運動するときには発する微弱な然力が体に伝わる。彼女はそれから行動予測して形状変化した水の矢を放つという方法で狩をしていた。

 ヨスガくんは経験則によるところが大きい。自給自足に近い形で暮らしていたこともあって、森に慣れている。それに能力者特有の自然力による『物質強化』で矢が壊れないようにして使ってるらしい。アオバちゃんと二人で狩をしている時の要領の良さは絶対に真似できないと思った。

 


「そろそろ日が暮れるわ、チズルちゃん。引き上げましょう」

 突然、黒栄ちゃんの声が耳元に響く。空を見上げるとすでに宵闇が迫ってきているのが分かった。かなり作業をしていたようで木の間に張った縄には多くの兎の皮が干されている。

 単純作業は慣れてくるといつも滔々と考えることが多い。

 黒栄ちゃんはアオバちゃんと一緒に最後の方に狩った兎の腹部を水魔術で冷やしていた。帰ってから、夕食にするのだろうか。

「文字は…一度も反応しなかったみたいね。これってどうなの、ヨスガ」

「変と言われれば、変だけど。珍しいことでもないよ」

 ヨスガくんはそう言いながら文字の上からバツ印を書いていく。文字が持つ効果を消しているのだろう。

「そう。なら、片付けて帰りましょう。…あそこで昼寝をしている人を起こしたら」

 黒栄ちゃんが視線を送る先を見ると直人が木の上で寝ていた。よく見ると縄を使って枝を寄せて器用に枕まで作っている。

 黒栄ちゃんが該当する木の下までスタスタと歩いていく。

 ドンッ

 次の瞬間、蹴りを入れて直人を地上に落とした。

「イテッ!はっ!クロエ」

 直人が彼女の顔を見た時、「いや、これは、その…」とあたふたし始める。 

 彼は別荘に帰る途中、ずっと黒栄ちゃんに叱られていた。それはもうこっ酷く。

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