幕間_仲良し計画

 それは、わたしたちが戦闘訓練の魔術試験の待ち時間で起こった。

「ええ、そうね……。この班、ヨスガ以外は元から知り合いなのよね。チヅルちゃんは『極度の人見知り』だから。いまだにヨスガがいると緊張して一言も話せなくなっちゃうと」

「…うん」

『まだそれ治ってなかったの!かわい〜』

 ペトラは当然のように彼女をからかった。炎で作られた体の目と思われる所が明滅する。どうも私はこの悪戯好きな所が好きになれない。ナオト《宿主》ともども貢族の中でも秀でていることは周知の事実なのだが、受け入れたくない私がいる。

「あんまり意地悪するなよ、ペトラ。泣かれたら、後でクロエから水責めにされるぞ」

 今日は興が乗らないようで、我関せずといった態度でナオトは地に寝そべったまま、ペトラを制す。

『あれはひどいよね、ね!僕の体、水ダメなのにさ。いつも、いつも消えないくらいに半殺しにするんだからさ!』

 ペトラはまるで自分が被害者であるように私を非難する。もちろん、冗談紛れに言っているのは分かるが一応、釘を刺しておくことにした。

「…大抵、あなたが悪いことするからよ。いっそ今度、何かしでかしたら溜池にでも落としましょうか」

『怖い、怖い』

 ペトラは一目散に飛んでいきナオトの体に還った。

「だーから、あんまりクロエ怒らせるんじゃねえよ。わりーな」

 ナオトは空を見たまま、心ここに在らずという様子で手だけをこちらに振っている。

「…あなたも大概なのよ」

 私は呆れていることを顔に全面的に押し出す。声色に僅かに怒気を含ませてため息をついた。

「あんまそうかっかするなよ。老けるぞ」

「何。もう一回」

 私は彼に殺気に近いものを向ける。あの状態の彼を見るに会話に注意を向けておらず反射的に返しただけのように見える。しかし、それでも境界線は存在する。今回は完全にダメな方だった。

「はあ。また揉めているのか、君たちは」

 魔術で水の玉を作って寝転んでいる彼の上から落として溺れさせてやろうと考えた矢先、アオバを連れたユウが現れた。

「試験も一段落してこちらにきたら…。仲がいいな、相変わらず」

 ユウは私の方に視線を送った後ナオトの方へ歩いて行き、彼の頭上で水の玉を生成する。それを落とすと彼は驚き、咳き込んだ。

「うぶっ、がはっ、かっ。死ぬ、死ぬう。気持ちよく寝れそうだったのによ」

 ナオトは大袈裟な反応と共に飛び起きる。どうやら先の発言は眠気で判断能力が低下していたのが原因のようだった。


「また君たちが何かしたんだろ?クロエは割と寛容だ。何もしなければあそこまで気が立つこともない。…ペトラ、君だろ」

 基本、ペトラはナオトの中に入っていることはない。外の方が面白いという理由からだ。だから、彼が外に出ていないということはすなわち、彼が加害者であることを示すことになる。

「拗ねてないで出てきたらどうだ。悪いことをしたって自覚はあるだろ?」

 ユウの声に反応してか、ナオトの体から無数の粒子が現れペトラの形を成す。心なしかその粒子たちからは不承不承ふしょうぶしょうといった雰囲気が感じられた。

『うぅ…』

 出てきたペトラは泣きそうになっていた。なぜかは分からないがユウには逆らえないみたいなのだ。

「それで、どういう話をしていたんだ」

 火のないところに煙は立たない。それに私たちの態度を見るにおおよその事態は把握しているだろう。

「ペトラがチヅルちゃんをいじめた」

「ペトラがチヅルをからかった」

「ぺ、ペトラちゃんは悪くないよ…。元はと言えば私の人見知りが激しいのが原因だし…」

 私とナオトはその問いに即答したが、チヅルちゃんは一応、ペトラを擁護する形をとった。

 まるでいじめられている事を隠す幼子だ。いつもその見た目も相まって、庇護欲のようなものに駆られそうになる。

「なるほど、ね。何があったかは察しがついた。それで元の問題はどうする。これからも身内だけって訳にもいかないだろ。」

 ユウは首を垂れてため息をついた。いつも私たちの中で揉め事が起こった時、中立を保ちつつ収束を図るのは彼だ。私たちとも長い付き合いにもなる彼は物事を解決しようとすると面倒になることを心得ているために、問題をすり替えることで「無かったこと」にするようになった。


 話は「チヅルちゃんがどうしたら、ヨスガと話せるようになるのか」と議題に戻る。

「それもそうだけど、まずはヨスガの件が先かしら。知らない人と話すっていう面に関しては一歩前進になるわ」

「あっ、そうだ」

 急にナオトが手を叩き、大きな声を出した。

「俺、閃いちまったぜ」

「チズル、今日クッキー持っているか」

「えっ、あっ……はい」

 チヅルちゃんはナオトに気圧されたようで、あたふたしながら肩掛けの麻袋の中からそれを取り出す。

 彼女は昔からクッキーが好きで、最近は自分で焼くようになっていた。

「今日はミントか…チヅルはお菓子の話だったら、人のこと気にせずに話せるよな。なあ、アオバ。ヨスガって料理に詳しいか」

「それなら、できる…と思う」

『それなりだな。ここと違って物を買うことは少なくて自分で探してくる方が多かったからな』

 辺境の生活を想い出しているのだろうか。アオバは首を傾げて左頬を上げた。

「そういえば、クロエ。早々にギルドの依頼を受けて各個人の情報が欲しいとか言ってたよな」

「ええ…。」

 話が物凄い勢いで順天する。理解するのが精一杯で咄嗟の反応しかできなかった。ナオトは頭が回り出すと他の人を置いて行ってしまうことが多い。今回も例に漏れずそれだろうと思う。呂律が回る彼はとても生き生きとしていた。

「多分、ヨスガは俺たちが依頼について話している時、首を突っ込んでこないはずだ。」

『可能性は高いだろうな。あいつは自分が知らないことに関して変に踏み込むタイプじゃない』


「みんな週末は空いてるよな。…じゃ、その日に討伐依頼を受ける話し合いを昼休みにしよう。その間にチヅルはヨスガと話してみてくれ」

 私たちはナオトの問いに頷き、一石二鳥の昼の予定が定まった。問題はチヅルちゃんが声をかけられるか、その一点だった。

「これをきっかけにするんだよね」

「そ。それでどうだ、やれそうか」

 不安げなチヅルにナオトが最終確認をする。ここで「できない」と言われたら別の作戦を考える必要があると思案していたが、それは杞憂だった。

「私、頑張ってみるよ。ここまでしてもらったんだから」

「その意気よ、チヅルちゃん」

 これときっかけに少しずつ人に慣れていって貰えるといいなという希望的観測が浮かんだ。



「アオバ、ありがとう。きっかけを作ってくれて」

『何の話だ、クロエ。俺は何もしてないぞ』

 彼はそっぽを向いて鼻を鳴らした。

「チヅルちゃんだけに声を聞こえるようにして、橋渡しをしたのでしょう」

 私は授業の準備をするのに宿舎に戻る途中、みんなから意図的に距離をとってアオバと話していた。改めて彼自身と話すのは入学式以来か。その時は初対面にも関わらず、私情を交えて説教をしてしまった。

 だから、会話というのは初めてだろう。

 話していると驚くが彼はヨスガを初め、人と接してきたからか仕草がとても人間臭く感じる。それが別に悪いというわけではなくて…面白いと思うのだ。

『…さあ、どうだかな』

 どうやら彼は照れ屋のようで僅かな沈黙の後、私から視線を外した。

 私は彼の大きな背中を撫でた。

『ん、だよ』

「別に、何でもないわ」

 何でも無い、なんてことはない。彼は、誉められたりしたところで素直に受け取るような性格ではないのだろう。だから、その気持ちを乗せて背中を撫でることにした。


 アオバの毛並みは予想以上にふかふかだった。ヨスガが手入れをしているのだろうか。

 機会があったら抱きついてみたいという願望が密かに私のうちに生まれた。

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