24_お昼時

「あ、ヨスガ。どうだった。」

 寮の中にある食堂に着くとクロエたちはすでに食事を取り始めていた。気が利くようで誰かが蒼葉の食べる肉の塊も給仕の人に頼んでくれたみたいだ。

「あ、うん。先生と戦ったんだけど。まあコテンパンにされたよ。二人共々」

 僕は椅子を引き出しながら、答える。

「そりゃ災難。あの先生は実地メインてのはよく聞く話だしな。俺らはテスト終わった後は走り込みだったぜ。多分、逃走するのにも体力必要だからだろうな」

『ナオトは一番だったよ〜』

「一人終わらせてからの冷やかしは酷かったわ。能力高くて性格が悪いと恨み買うわよ。近いうちに」

 昼食を口に運びながら、クロエはそう愚痴を零す。

 聞くところによるとナオトは走り終わった後、魔球を生成してジャグリングをしたり、ペトラとトランプをして遊んでいたらしい。まず、トランプを何処から出したのかと突っ込みたくなるが、ナオトのことだから暇な時遊べるように持っていてもおかしくはない。

 それにおそらく本人たちは走り終わって暇だから遊んでいただけで、それが側から見たら冷やかしに見えただけだろう。どちらにしろ質が悪いという印象は変わりようがないが。


「蒼葉、足りるか」

『大丈夫だ、ユウ』

 ユウと蒼葉は昨日まで接点もなかったのに二人で仲良く話していた。

『ぐあ、ヨスガてめえ。俺の朝食忘れやがっただろ』

 肉を咀嚼し終えた青葉が突然、攻撃的な声を響かせる。

 …そういえば、そうだ。後でやればいいだろうと思ってすっかり忘れたままになってしまっていた。

「蒼葉、そこまで怒ることないだろ。ヨスガもナオトに仕合を頼まれて…いや、ヨスガが悪いな」

「なんで今、フォローやめたの…、ユウ」

「ナオトから聞く限りではヨスガ自身、かなり楽しんでいたみたいだからな」

「あー、もう喧嘩しない。それにヨスガ、あなた早く取ってこないとお昼終わってしまうわ」

 「ああ、悪い。ちょっと行ってくるよ」

 自然と椅子に座っていたが、僕はまだ食堂に昼食を取りに行ってすらいなかった。



「それで、今度の土日にみんなの戦力とか相性とか見るのにギルドの下位の討伐依頼受けようと考えているの」

 全員が食事をとり終わり、話は談笑から会議へ移行していた。

「まあ、いいんじゃねえか。そういうのは早めに解っといたほうが六月のトーナメントの戦略も組みやすいだろ」

「一年最初のトーナメントは割と浮かれたままで準備の差が露骨に出る、と聞いたことがある」

「実際そうよ。姉さんの参加したのを見た時は半分くらいのチームは…勝負にすらなっていなかったもの」

 僕は黙って聞いていた。正直、田舎者の僕は六月のトーナメントの内情など知る由もない。既知の情報といえば家に送られてきた講義計画書に書かれていることくらいだ。


「…ねぇ」

「……ねぇねぇ、ヨスガくん」

 隣から急に声がして驚いた。その方を向くと初日以降、一度も声を聞いていなかった少女が少々距離を取って椅子に座っていた。確か、名前はチヅルだったはずだ。

「なに?」

 会議の邪魔にならないように小声で応答する。

「あ、あのね。アオバちゃんが背中が痒いって…」

 蒼葉はいつの間にか机の端に座るユウの隣から僕の足元に移動していた。

「何処?」

「背骨ところだって」

 蒼葉自身に問いかけたつもりだったが、隣に座る少女が答える。蒼葉がおとなしくしていることに違和感を覚えながら、熊の手のようにして彼の背中を無造作に掻いた。

「もういいか」

『だいぶ良くなった』

 すると蒼葉はすぐに長机の下を通り、ユウがいるところに戻った。蒼葉からすれば机の下はかなり手狭だからだろう。

「ヨスガくんはなんで話に参加しないの」

「僕が田舎出身なのは知ってるよね。歴代この学校に通っている都市部の人じゃないから。だから、話だけ聞いているんだ」

「…そうなんだ」

「……」

 話題も続かず、不自然な間が残る。気まずい。

 視線が右往左往させていたチズルはふと思い出したように肩から掛けている麻袋を漁り始めた。

「あの、これ…食べますか」

 中から取り出された包みが机に置かれる。ペトラが入学初日に食べていたのと同じ匂いがした。

「…ありがとう」

 それを広げて中から一枚取り出して頬張った。ザクッという破砕音と共に口の中に焼き菓子特有の香りが広がり、甘味が舌の上で解ける。しかししつこ過ぎず、後味はやや爽やかさを感じさせる。

「すごい。これ、美味しいよ」

 味に感動した僕は気分が高揚していた。

「今日はね、ミントの葉を入れてみたの。どうだった?」

 先ほどまでとは打って変わってチズルの口調は快活になり、上瞼も二割増しくらい上がっているように見えた。

「あっ!それだったのか、舌残りしなくて食べやすいなって思ったんだよ」

「おーい、話聞いてるかー」

 右方向からナオトの声がかかり、話が静止する。そういえば今は「週末どの依頼を受けるか」で彼らは話し合いをしていたのだ。参加していないのにお菓子の話で盛り上がっていたことを自覚すると申し訳なさが込み上げてくる。しかし、周りの空気は不思議と和やかだった。

「…悪い」

「いや、いいんだけどさ。土日は今が繁殖期の『兎の討伐』に決まったぞ、ヨスガもそれでいいよな」

「了解」

「じゃあ、決まりだな」

 その後は、一旦部屋に戻ってから筆記用具を取って「兵法」、「歴史(星銀暦以降)」の授業を受けた。終始、ナオトは眠そうにしていたのが気になった。訳を聞くと「家にある本に大抵のことが書いてあったからな」と返されてしまった。

 都市崩壊前は、本は大陸を埋め尽くす程あったそうだ。だが、今の社会では珍しくはないものの庶民の手に届くような値段でもない。学校の教科書だって貸し出し制を取っているのだ。それなりに希少性の高いものが家にあるという事実は、僕に都市住人の裕福さを感じさせるのには十分だった。

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