23_能力者

 ナオト達と暇を潰して十五分くらいたった時、先生は現れた。

「待たせたな、お前ら。ちょっと開けたところまで歩くぞ」

 快斗先生は声だけかけると踵を返してスタスタと歩き始まる。急いで僕らは先生の背中を追いかけた。

「せ、先生。少し歩くのが早いと思いますわ」

 足を忙しなく動かす先生の服を能力者の少女が引っ張り、静止を促した。身長が低い彼女は歩幅が狭く、足の回転速度をより上げなければならない。実際、小走りでついてきていた。

「時間もったいないだろ。ささっと移動するぞ」

 振り向いた先生の黒髪が白く染まり、瞳孔がこがね色に変わる。すると彼は深く踏み込み、一足飛びした。瞬間、足を地に刺さなければならないほどの突風が発生する。踏み込んだ場所は深く土が抉られていた。


「…………。ついてこい、ってんなら上等ですわ。あのクソ教師、幼気いたいけある女やってんのに扱い方がなっていないのです。…ぶっ飛ばしてやりますわ」

 少女は一転して青筋を立てて言い放つ。しかし育ちの良さが隠しきれないのか、語末は敬語になっていた。少女も姿を変え、恐ろしい速度で先生を追っていく。あっという間に見えなくなってしまう。

 すっかり置いて行かれてしまった僕は思った。

 …あの女の子には関わるときは丁重に扱おうと。見てないところで誹謗されるのは精神的によくない。


 それから僕も能力を解放して先生達に追いついた。先生はすでに能力を切っていた。

 先生の前ではにこやかにしている少女が怖かった。僕が彼女の視界に入った途端、睨まれた。視線からは「黙ってろよ、お前」というニュアンスが感じられた。



「えーと、ヨスガが剣で、スズカが鎌と」

 こちらの事情はつゆほど知らない先生は僕の姿を確認すると、何やら呟きながらそばにある黒い箱をこちらに放った。掴んだそれは見た目より重く、危うく落としそうになり冷や汗をかく。

 隣の少女、スズカの箱は僕の箱より二回りほど大きい。しかし、僕のものより重いであろうものを片手で受けていた。中身が想像できていたのだろうか。


 中を開けると鞘に収められた九十センチメートルほど直剣が顔を出す。鞘から引き抜き手に持つと、漆黒の直剣は太陽に反射して紫っぽく見えた。おそらく白耀鉱石で作られたものだろう。

 この鉱石は特殊で純粋な自然力を付与し、一定以上に達するとそれを発散することで白く輝く。自然力が発散している間は強度、切れ味が共に大きく向上する。決して欠けず、硬い皮膚をもつ魔獣と大地ノ民を両断すると聞いたことがある。鍛冶場のじいちゃんが「こいつあ、すげえんだぞ」と教えてくれたのだ。


「今から俺とそれを使った実戦だ」

「えっ!いきなり実戦ですか。稽古とかは…」

 突然の言葉に驚き、見ていた剣身から顔を上げた。すぐに僕の話をスズカが遮った。

「あなた知らないですの?快斗先生は実戦至上主義で有名ですわ。」

 周知の事実のようにスズカはキョトンとした。本来門外不出の魔術学校の情報も、兄弟が通っていたり、貢族、名家特有の横の繋がりで知っていることも多いのだろう。

「型とかはいくら鍛えても綺麗に演舞できるようになるだけだからな。実際の戦場で必要なことは生き抜くための剣だ。戦場に於いては汚いことに手を染めようが生きている奴が常に正しい。」

 こればかりは仕方がない、と先生は付け加えた。

「それに上が立てた明らかに無謀な作戦でも俺たち兵は従わなくてはいけない。最善を尽くして生きて帰ってくるこれが魔術士の基本だ。」


「特に近接兵となる俺たちは敵と直接的にやり合うことになる。必定と言ってもいい。長くなったな。二対一だ、全力でこい。」

 いうや否や、スズカが獲物を携えて突貫した。両手持ちの大鎌を軽々と振るう。彼女は既に能力を発動しているようで鎌は白く輝きを放ち、激しい動きで白い粒子が空中に閃く。

 一方、先生はスズカの動きを予測して体を傾け、足を縦横させるだけで避けているように見える。

 スズカが正面を取るなら僕がやるべきは……戦闘を追いながら隙を見て攻撃をすることだ。

 左肩に意識を持っていき能力を発動し、ブレていた視野が戦闘を捉える。同時に手に持つ剣が黒から白に変わった。僕は靴と地面とが擦れる音をなるべくさせないように屈みながら移動する。剣戟でほぼ響きはかき消されるだろうが、念の為だ。今、先生は能力を行使していないが、使われた時には人間の五感が全て強化されることになる。そうなれば、今の比ではない。

 すると猛攻を続けるスズカと目が合った。


…今。


 スズカの大鎌が先生の左半身に迫り、避けた拍子に体勢が大きく傾いた。僕は鋭く踏み込み急速接近し、首元に剣を振り落とす。その時、嫌な感覚に襲われた。 

 僕らの時間だけが引き伸ばされ、先生が普通に動いている…いや、違う。僕らより先生が早く動いているから相対的に自身が遅く動いているように感じるのだ。

「…チェック」

 時間の感覚が元に戻った時には僕らの包囲から先生は抜けていて、僕らの背中に両手に生成された魔弾が叩きつけられた。



「…で、ヨスガもスズカも俺の髪が変化していなかったから能力を使っていないと思ったと。」

 痛みから回復した僕らは先生と反省会をしていた。

「そもそも『全力でこい』って言って、能力全開で来るかねえ。今回はたまたま短期で決着がついたから良かったけどさ、あともう少し長引いていたらヨスガ、スズカの順に自然力切れ起こしてたぞ。まあ、新入生はみんなやっちゃうんだけどさ」

「…はい」

「すみません」

 「ぶっ飛ばす」と意気込んでいたスズカも呆気なくやられてしまい、消沈していた。


 自然力切れは能力者が一番、懸念するべきことだ。余分な自然力を使い切ってしまうと、常人の水準でしか動けなくなる。魔術士に関しては後方にいることが多いために後退すれば済むが近接兵として敵と直接刃を交わす僕らは戦闘の最中に自然力が切れてしまうと致命傷になりかねない。

 しかし、僕らは「全力でこい」という言葉を「能力全開でこい」と自然と脳内変換したことで今回の事態に至ったわけだ。


「先生、でも読み合いなんて必要ありますか。相手は獣なのでしょう」

 確かにそうだ。会話でブラフを張る必要はなかったはずだ。すると先生は右手の人差し指を口元で立てる。

「…こっからは内緒だぞ。公にはされてないが実はいるんだよ、知能の高い類の奴が」

「「へぇ?」」

 僕らは同時に驚いた。そんなこと一度も見聞したことがない。

 大地ノ民の種類は獣(海獣)型、植物型、昆虫型、人型がある。

 確か教科書の大地ノ民の項目には次のように書かれていたはずだ。


・知能は低く、総じて数の多さが最も注意すべき点である。

 ・単一のみの個体は戦闘能力に長けているため交戦するときは決して独力で行わないこと。※ギルドから能力が認められたBランカー以上は自己判断。


 知能が低い、と明記されているのだ。僕は先生に疑いの目を向けた。

「そいつらは『物憑き』に似た性質を持っていてな。言葉は分からないんだが、理解はできるんだ。奴らは言葉の綾くらいなら簡単に使う。確かに絶対数は少ないだろうが…お前らには知っておいてほしい。実際、俺も死にかけたことがある」

 先生はいつになく真剣だった。僕が学校で見る先生はどこか気怠さを感じさせる。しかし、目の前の先生は確実に僕らの身を案じていた。

 能力者は基本的に複数の敵を相手取ることはなく、強者に能力者を当てて対一戦闘を求められることが多いらしい。先生はその辺りのことも織り込み済みなのだろう。


「まあ、この話はこれくらいで終いだ。話を戻すぞ。お前らは『俺が能力を使っているように見えなかった』と言ったな」

「ええ、だって先生。髪の色が変化していませんでした。…ちょっと待ってください、えーと、あの。目だけが僅かに変色していたような気がしますわ」

 スズカの視線が空に行き、唸りながら考えた後に視線を戻して何かに気付いたようだった。

 彼女曰く、先生の目を今見た時に思ったのだと。比べないと分からないような差異だそうだ。

「よく気づいたな、スズカ。そう俺は目だけに能力を発現させていた。こっちの方が自然力の…言いにくいな、『然力』でいいか?」

「あ…はい」

「はい」

 然力は自然力の通称だ。多分、学校だから自然力という正式名称を使っていたのだろうが、先生らしく面倒臭くなってしまったようだった。

「然力の効率が悪いだろ。俺だって五感を全て使った状態だとおそらく十五分も持たないはずだ」


「先生、僕からもいいですか。さっきの戦闘中、変な感覚…具体的には自分の時間が引き伸ばされているような。そんな感じになりました。これって気のせいですか」

「あ、それ私もですわ」

 感覚的なことだから確証がなかった。しかし、同じ時に同じような感覚を共有していたことを考えると先生が何かしていて、僕らがそれに気づかなかった可能性が高そうだ。

「ヨスガ、気のせいじゃない。あれは俺がお前らより早く動いたからだ。然力の流れと純粋な運動がぴたりと一致した時に発生する衝撃は、単に能力を発動している時の運動能力を凌駕する」

 右手を然力、左手を動作に見立てて、パンと正面で両手を重ねた。

 先生が能力をあまり使っていなかったのは然力の節約だけでなく、戦略的な側面もあったのだ。

「とは言っても五感の支配、それに然力と神経の感覚を合わせるのは簡単なことじゃない。そもそも『然力と感覚のすり合わせ』に関しては『能力による五感の支配』を体得する時に偶然、発見されたこともあって歴史は浅く体得者も少ない」

 難しいことを言っている自覚はあるようで「教えるのも骨が折れる」と先生はため息をついた。


「そうだな。ヨスガは『スイッチ』なしで能力を発動できるようになること。スズカは五感ごとの切り替えが課題だな。まずは視覚からやるのが無難だろう」

 その授業が終わるまで僕はひたすら能力のオンオフ、スズカは快斗先生に見てもらいながらの『支配』の修練を行うことになった。しばらくすると街の中央から鐘の音が鳴り、昼を知らせる。

「これからも実戦→課題の流れで授業するからな。それじゃ、解散」


 僕は寮に戻り、食事をとりに行こうとした。流石に神経を使う作業を長時間するとなるとお腹も空く。しかし、快斗先生に呼び止められた。

「ヨスガ。お前、能力に目覚めてから何年だ」

「…四年間くらいです」

 先生も資料としては持っているはずだ。入学するときに書類は学校側に送った。わざわざ聞きに来ることを不思議に感じた。

「いやあ。ヨスガ、今日の戦闘ついてこれてただろ。あの人が教えたからってのも、あると思うが…。それに俺が今まで見てきた能力者の中でも然力の伝導に無駄がなかった。これはお前の才能なのかもな。修練の度によるがお前は…いや、なんでもない。忘れてくれ」

 僕は頭の中に煮え切らないものを感じながら、食堂に向かうことになった。


*  *  *


 俺はヨスガの後ろ姿を見ながら思った。あれは『器』かもしれない、と。それに幼少期に妖精と契約できなかった、と資料に書いていたのも気になる。

 それがもし「契約できなかった」のではなく、「契約するべきところに別の何かが収まった」のならどうか。

…ただの希望的観測に過ぎないが、御主人とその従者に報告は必須かもしれない。

 それにあいつにもヨスガの面倒は頼まれてるしなあ。

…弟子を溺愛しすぎなんだよ、あのバカ。

 生徒を贔屓するのは先生としてダメだから、できる範囲内ということにはなるんだけど。

 借り返せって言われたら、断れないじゃん。

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