18_入学式
式の開始までまだ一時間近くあった。中学まで入学式の前は気持ちの高揚からか、ホームルームが終わった途端に人と話している様子を今まで見てきた。
しかし、今回は教室に居づらかったのか廊下で話をしながら会場に移動する生徒が多い。僕もある程度の人が進んで廊下が広くなってから蒼葉と共に教室を出た。ことの発端の先生は通達が終わると真っ先に出ていっていた。
「あーあ、この様子じゃ今年もやったんだなーせんせ」
声のする横に目をやると左手を腰に据えて、右手を額に当てている人物と目があった。 「あんなこと毎年やっているんですか」
僕は好奇心を抑えきれず、気づいた時にはその人に声をかけていた。突然、話かけられたことに驚いたのか「はえ!」と奇怪な音が空間に響く。
「見ない顔だね、さては君、新入生だ。先輩に敬語を使うとはなかなか良い心掛け」
知らない人だったから敬語を使っただけ、という反応が顔に出そうになったが内に留められた。
「あれは毎年だねー。しっかりいるんだよ、騎士道精神みたいなの持ってる人が。カイト先生含めこの学校の先生は『生存第一主義』だからね。そこら辺は矯正するの。けど、先生のあれは明らかにやりすぎだけど…ね。新入生には同情するよー」
先輩は頬を掻きながら、苦笑いをする。
先輩との話に興じていると不意にズボンの布を引っ張られて、僕は足を止めた。
「どうしたー。新入生君。あれ…もう着いちゃったかー、私あっちだからまたねー」
いつの間にか式場の観客席まで来ていたようで先輩は指を差した方に行ってしまった。その方を見ると友人らしき人が手を振っていた。
「あっ、そうそう。私、三年のミノリ。じゃねー」
思い出したように簡単に自己紹介をしたミノリと名乗る先輩はすぐに待ち人と共に見えなくなってしまった。
入学式の席は自由だ。新入生の多くはすでに何らかの集団を形成したようで会話に花を咲かせていた。上級生の中には容姿の良い女の子を口説いている人もいた。また中には振られながらトライし続ける人もあった。崩れ落ちた後、すぐに立ち上がり他の子に声をかけているのだ…鋼の心臓(ハート)の持ち主なのだろう。
「ヨスガー。それにアオバー。こっち、こっち」
すると今朝、会話をしていた女生徒に手招きをされた。一人にならなくて済むことに安堵しながら僕は空いている席に向かう。
「どうして僕の名前がわかったの」
席についた僕はふと不思議に思ったことを聞いた。
「入学式の進行が書かれた紙、配られたわよね。それの裏、生徒名簿になっているのよ」
持ってきていた鞄の中から用紙を取り出し、裏を見る。…確かに名前が書かれている。しかし、姓はなく名前のみがカタカナ表記されていた。
「これじゃ、顔と名前が一致しないはず…」
僕の持つ疑問は解消されず、なぜと少女への疑念が沸く。
「よく見て、ここ「ヨスガ」の後ろ、一字ずらされて「アオバ」って書かれているわ。だから、分かったの。たまたま従者を連れているのはヨスガだけだったから」
問いに答えるようにその少女は僕の手にある紙の「ヨスガ」と書かれた欄を人差し指で指した。
「私は…あった、あった。クロエよ。ヨスガ、アオバ。これからよろしく」
彼女がアオバを撫でながら手を差し出してくる。それに応じて僕は握手をした。
…あれなんだ、この感覚。この熱を僕は、どこかで…。
なぜか初めてのはずが既視感に近い不可思議に襲われる。怖くなった僕は握られている手を本能的に引き、立ち上がった。
「どうしたの、ヨスガ。嫌だった?」
僕は突然やってきた感覚に狼狽しながら「大丈夫。びっくりしただけ」と言い訳をして席につく。すでにさっきの感覚は消え去っていた。
…何だったんだ。
不思議な感覚を捉えた右手を見るがいつもの僕の手だった。
気が落ち着かないまま入学式は始まった。内容が右から左に流れてしまって全く耳に入ってこない。ただただ自分の中に起こった異常について仮説が錯綜していた。しかし、答えは得られるはずもない。仮説を立てては崩し、立たせては崩れる。不毛だった。
そこで思考を打ち止めにして、式の進行に目を向けた。
ちょうど新入生の挨拶が終わり、在校生代表からの祝辞に移るところだった。壇上を見ると新入生代表に礼をするミノリ先輩の姿があった。
「やっぱり、ミノリさんなのね」
式を静観していたクロエがボソッと零す。やっぱりということは見知った仲なのだろうか。
「ミノリ先輩、知ってるの?」
「ヨスガ、あなた逆に知らないの。たった一人の原初魔術の使い手として有名よ、ミノリさんは」
原初魔術、僕は自分の知識を鑑みるが全く知らず、聞き馴染みのないことだった。それが顔に出ていたのかクロエが説明をし始める。
「…原初魔術っていうのは火、水、風、地の四大属性に区分されないの。それ以外の希少なものも一部あるけれど、…氷とか複数属性持ちとかね。でも、魔術である以上自身の自然力の範囲内でしか魔術を行使できないという制約を持つわ。ここまではわかるわよね」
コクリと頷き、クロエの言葉を肯定する。
「それでミノリさんの魔術は例外的に自然力のあるもの全てに干渉できるのよ。わかりやすくすると自然界に存在する物質の全てってことになるかしら。やる気になれば天変地異とまでは行かなくても大抵の災害は起こせると思うわ」
自分で説明していてその出鱈目から首を横に振り呆れている。
僕も内心、かなり驚いていた。使い手の気分、匙加減ひとつで何が起こってもおかしくない。そこまで考えて小さな違和感を覚える。それが僕の頭の中で形を帯びていき、一つの危惧となって口から放たれた。
「…先輩は、能力者か」
能力者。それは本来、感知できないはずの自然力を知覚できる人のことだ。自然力を感知できる魔術士は妖精の技量に関係なく体内の自然力の操作が可能で、人によっては相乗効果で魔術の質が大きく上がる。
それに対して普通の魔術士は経験則で魔術の威力、効果、契約主との認識のズレを妖精に学習させるが先輩の場合はそれをすると下手をすれば災いとなってしまう。
「それがミノリさん、困ったことに能力者じゃないのよ。おかげで幼少期の苦労話は耐えないの。結構、いろんな事件起こしたから都市部ではミノリさんを知らない人のほうが珍しいわ。今はご覧の通り技量が上がって上級生の代表に上り詰めたのよ」
クロエは表情をコロコロと楽しそうに変える。声は大きくないが少々昂っているようにも見えた。ふふっと笑った後、さらに彼女は続ける。
「それにミノリさんは困ってる人を放って置けないの。昔は助けようとして逆に困らせるなんてこともよくあったって聞くわ。けど、今は頼れる『便利屋さん』と呼ばれていて天誅の中で広まってるのよ」
クロエの話が終わり、視線を壇上に戻し式の内容に焦点を合わせようとした時、他の生徒の様子が目に入った。大半の生徒は学長の話に耳を傾けている。しかし、一部は寝ているもの、トランプに興じるもの、小型の従者(ペット)と戯れているものと様々だった。そのまま学長の話を聞いていたが頭の隅に小さな蟠りが残った。
式は順調に進行して終幕した。生徒たちが会場を出ていく最中、一部の生徒の行動についてクロエに聞いてみると
「ああいうことしている人のほうが話を覚えてることが多いみたいよ。これは姉さんが言っていたのだけど、人によって集中できる最適な態度があるのかもしれないわ」
と言っていた。
会場を出た後、僕と蒼葉は教室に向かう生徒とは逆の方へ歩いて人気のない場所にやってきた。
「アオバ、お前もう喋っていいんだぞ」
従者という扱いに不満がありつつ、それに徹してくれていた相棒に心の内で感謝をしながら主人として最初で最後の命令を下す。
『あーあ、面倒臭いところだな。軟禁されているような気分だったぜ』
「開口一番それか、アオバ。もう少し取り繕ったりな…」
『んなこと怠いだけだろ、ヨスガ。どうせ後でバレるんだから一緒だろうが』
「あっ、見つけたわ。…ほんとに口悪いのね」
さっさと会場を出たのが気になったのか後をつけていたらしくクロエと出くわす。想像を超えた口の悪さだったらしく顔を引き攣らせながらの呟きが聞こえた。
『よろしくな、嬢ちゃん』
蒼葉が目線をクロエの方へやり、挨拶をした。
「嬢ちゃんじゃない、クロエだ。そもそもお前の方が年下だろ」
『命の長さを相対的に考えるだったら、俺のほうが年上だ』
口を大きく開け、犬歯と臼歯で威嚇しながら僕に食ってかかった。頭に乗らせると気が大きくなるのを知っている僕は負けまいと口調が自然と攻撃的になる。
するとクロエが突然しゃがみ込み、アオバの目線に自身のそれを合わせた。
「いいかしら、アオバ。私は別に嬢ちゃんでもクロエでも気にしないわ。けれど、今のあなたの立場がヨスガの従者である事実は変わらない。ヨスガと仲睦まじくするのは結構よ。信頼関係の証と考えることもできるわ。けれど、他の人の扱いまで彼と同じようにしてしまうとそれを聞いた人は『ペットのくせに生意気』という感情を抱いても仕方がない、多分誰一人として擁護してくれないのよ」
クロエは仕方がないけれどそういうものなのだ、とこの天誅で人間と同じ扱いを求める蒼葉に残酷な現実を突きつける。しかし、目元には一雫があって、それが優しさからきた言葉であることが容易に想像できた。蒼葉もその表情と話から俯き、腹を地につけた状態で前足だけを支えにする姿勢を取る。
「だからね、アオバ。少なくとも人のことは名前呼びで。できれば、敬語で話した方がいいと思うのよ」
蒼葉の頭に手を乗せて言い聞かせるように言葉を紡ぐクロエからは慈愛すら感じられた。
『分かった、分かった。気ぃつける』
「気ぃつける?」
『気をつける』
彼女は蒼葉の言葉遣いを気にかけながら、立ち上がった。
「よろしい」
教室に戻る途中にクロエは昔話をしてくれた。小さいとき猫を飼っていたらしい。クロエはその猫が大好きで猫もクロエのことを気に入ってくれていた。よく一緒に遊んでいたみたいだ。その子も青葉と同じようなやんちゃな性格の『物憑き』だった。
しかし、家に要人を招いたある日。その人は態度が横暴でかなり鼻に突くような人だったらしく、それをよく思わなかった猫は要人の腕を引っ掻いた。瞬間、男は怒りのままに魔術を行使し、その猫はあっという間に焼死体になった。
その後、男は言った。「人様に歯向かう獣が悪い」と。結局、何もなかったかのように用事を済ませて彼は帰った。彼には何の罪にも咎められなかった。
隣を歩く少女は蒼葉の声を初めて聞いたあのときその猫を蒼葉に重ねたのかもしれない。だから、あそこまでして蒼葉に言い聞かせたのだ。全て分かった上での行動だったように思えた。
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