19_結成
僕とクロエは人があらかた捌けてから移動することになったため、廊下は閑散としていてホームルームが始まるまでには教室に戻ることができた。
中はすでに盛り上がりを見せており、朝の憂鬱な感じが払拭されていて僕はホッとした。
しばらくして快斗先生が引き戸を開けて教室に入ってくる。
「先に話した通り、お前らには前衛二人、中衛二人、後衛一人、五人の班を作ってもらう。ああ、そうだ。仮組みだから『実際の戦闘とか属性とか』細かいことは考えるなくていいぞ。自由にやってくれ。まあなんだ、一つ忠告するなら『意思疎通ができるやつと組んだ方がいい』」
先生は椅子に座り、教卓で事務作業を始めた。カリカリと筆記音だけが響き、数分が経過する。ふと先生は違和感に気づいたのか筆の手を止めた。
「何してんだ、お前ら。もう初めていいぞ」
静かな空間の中にボソリと呟かれた言葉が伝う。その声とともに生徒が一斉に動き出し、班を作り始めた。先生には意思疎通が第一と言われたがやはり気になるものらしく魔術の属性や妖精の状態を聞いたりしている。一部はすでに組み終わっていた。
『いいのかヨスガ。行かなくて』
「正直、面識のない人が多すぎて動けない…」
この学校は都市部からの入学者がほとんど。学校に入る前にも何となく面識があってもおかしくはない。
それに名前をあてに探そうにもこの学校では平等の下、名字によるカーストの形成を防ぐためにそれを学校側が教えることない。自身が姓を名乗ることもマナー違反だ。
この状況だと正直、あぶれ者と組むしかない。騒めきの中、取り残されることを選んだ僕は事の収束を待つことに決めた、その時。
「ねぇ、ヨスガ。私たちと組まない?」
後ろに二人の生徒を連れたクロエが現れた。
「実は僕は魔術が…」
必ず聞かれるであろう魔術の性質、妖精のことを切り出される前に自分から事実を明らかにしてしまおうと意を決して口を開く。
「分かってるから言わなくていいわ。私、『眼』はいいの」
右人差し指で自身の目を指し、僕の言葉を止める。
「先生も言ってたじゃない。意思疎通できることが第一条件よ。それに魔術が不得手でも普通科に入れるってことは何かしらカラクリがあるわ。面白そうという好奇心、それがあなたを引き入れる理由よ。それにあなたを勧誘できると頭数が増えるじゃない」
クロエは滔々と理由を連ねる。思いも寄らない勧誘を受けて狼狽えたが幸運だ。知らない中でも多少、分かっていることが多い相手の方がいい。
「分かったよ、よろしく頼む。僕の名前はヨスガ。クロエのいう通りで魔術はからきしダメで…。魔術士とは正反対の近接戦闘専門なんだ。正直、前衛以外はマトモに立ち回れない…と思う」
僕は周りの人の顔色を伺いながら自己紹介を終えた。誰一人野次を飛ばしたり、煙たがる人はおらずホッと胸を撫で下ろす。しかし、この魔術社会で魔術が使えないことを告白するのにはかなりの勇気が必要だった。通常、この手の学校は魔術に関して飛び抜けた才能を要求するからだ。
『俺はアオバだ。属性は水、中級魔術までは扱える』
蒼葉が待ちくたびれたのか、話が切れた時に愛想のない最低限の物言いをする。
「あら、アオバ。あなた生意気なのに水魔術なのね」
火の人は短気、乱暴。水、風は繊細、器用。地の人は温厚、面倒見がいいと言われる。根拠があるわけでも統計的にそうというわけでもないが大衆には浸透しており、よく冗談に使われる定番ネタだ。
「クロエ、そろそろ僕らもいいかな」
クロエの肩口あたりから一人の生徒が顔を出した。声は男に近いが髪は長く艶やかで体は華奢だ。それに眼鏡をかけている。目が悪い人はかなり珍しい。また性別ははっきりとは読み取れなかった。
「僕はユウ。適性魔術はアオバと同じで水。これからよろしく。よく間違われるが男だ」
体が揺れた時に前髪に隙間ができて目が見え隠れする。青い目だ。瞳孔の色が抜けていて、虹彩は白と青が混ざり合っている。神秘性、とでもいうのだろうか。彼の目は浮世離れした美しさを感じさせる。
「じゃ、じゃあ次私だね。私はチズル。適性は火です」
自信なさげに言った後、その子はにっと口角を上げて微笑んだ。すると少女の周りの空気が弛緩して柔らかなものに変わる。
突然耳から痛みが走る。痛みの方を向くとクロエがいた。
「だらしないわ。何鼻の下伸ばしてるのよ」
「痛い、イタイって。そもそも僕はそんなことしてない」
…可愛いなとは思ったけど。
「してたな、ヨスガ。目、見開いていたぞ。…ご愁傷様だ」
「なあ、ユウ。見てるだけじゃなくて助けてくれないか」
「クロエちゃん、もうやめてあげ…」
「じゃあ次、俺な」
突然、クロエと僕の間に入るように少年が現れた。
「俺はナオト。適性は火でな…」
「なんであなたがいるのよ」
ナオトと名乗る少年の話をクロエが中断させる。彼女は若干機嫌が悪くなったのか眉を顰めた。
「あなたなんて引手あまたじゃないの。だって…有名だわ」
「あんまり硬いのダメなんだよ。それにさあ、貢族が絡んでなさそうなところの方が面白そうじゃん。せっかく、学校きてるんだぜ」
少年は面倒臭そうに欠伸をしてニヤリと悪戯めいた笑みを浮かべる。周囲を見回すと確かにこちらを訝しむ視線が向けられていた。
『そうだ、そうだ。強いからってだけで誘われても何にも楽しくない』
その声とともにナオトを中心に無数の粒子が拡散し、形を成す。妖精だ。小さな人のようなそれは彼の肩にちょこんと座り、話を続ける。
『ねえ、ナオト。お腹空いたんだけど。なんかない』
「なあ、ペトラ。俺の中にいたら腹空かないだろ。…さては何か嗅ぎつけたな」
『分かってるじゃないか。僕の大好物のクッキーが ——』
ナオトの顔を勢いよく指を指して彼の妖精は興奮する。しかし、それを遮るように大きな声が教室に響いた。
「はい、ちゅーもーく。五人が四組、綺麗に分かれたな。これから今周りにいるそいつらが仲間だ。仮とはいえ訓練とか外部の依頼を受けるときに共に行動することになる。互いにしっかり守れよ。今日の日程はこれで終わり。今日は寮でゆっくりしろよ。ただ備品の確認は忘れずにな」
先生には僕らはすでに班と認識されたようで日程を消化したため解散の運びとなった。終わると生徒は颯爽と教室を出て行ってしまい、落ち着く頃には僕らだけになっていた。
「あ、あのペトラちゃん。さっき言ってたのってコレ、かな」
チズルは疑問符を浮かべながら、斜めがけの四角い鞄から布に包まれたものを取り出した。
『あ!そうそう、それ。ちょうだい!』
包みを広げると薄い焼き菓子が現れる。どうやらペトラはそれが好きなようで、ナオトの肩から離れて彼女の方へ飛んでいった。
「一枚でいいからな。すぐ飽きるから」
人が持つとコインくらいだが、妖精が持つと両手でやっと持てるくらいの大きさの菓子をペトラは口角を吊り上げてから齧りついた。
「それにしても珍しいね。ここまではっきりと性格が出ている妖精さん、私見たことないよ。普通、体から出てくることなんてしないし」
「俺もよくわかんないんだよな。じっちゃんがゆうには『一代で第三形態まで覚醒した』のが原因じゃないかって」
一代で三段階目。それは常軌を逸していた。通常、妖精は少しずつ成長するために死んだ人から受け継がれていく。妖精との邂逅から四百年近く経った今でも四大貢族の家柄以外は、たとえ貢族であっても第二形態が大半を占める。
第三形態に到達している妖精がそもそも少ない中、ナオトは一代=十五年で新生妖精から第三形態に到達させているのは異常だ。
「でも、珍しいけど居るらしいぞ。俺みたいなの。じっちゃんの知り合いの中にも一人いたしな。確か『大地ノ民襲来』の時の事故でなったとか…聞いたような気がする」
曖昧な記憶らしく言葉を濁す。しばらく談笑していたが、ペトラが食べ終わるのを節目に止めて寮に帰ることになった。
「それじゃ、六月のトーナメントまでよろしくな」
『よろしくな』
寮の玄関口で分かれる際にナオトとペトラが言葉を投げる。
「はいはい」
「うん、また明日」
「よろしく」
『じゃ…よろしくな』
「…またな」
常にテンション高めなナオトとペトラに呆れるクロエ、しっかり彼らの方を見て言うチズル、いつも通りなげやりに返そうとするのに気づき修正する蒼葉、固そうな反応するユウ。それに返す言葉は三者三様だった。
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