13_日没
その日のうちに妖精を森に放すため、村から少し離れた場所にある開けた空間に来た。
「夜中に出てきて大丈夫なのか」
木陰に隠れていた人に向かって声をかける。ザッ、ザッと土をする音が止み、月明かりに照らされたその人を視認する。
「別に隠れてた訳じゃないんです。ただ聞きたいことがあって」
春菜はあたりを見回すと近くの岩場に腰をかけた。
「なんだ?」
俺は作業をしながら、できるだけ淡白に応える。
「暮羽さん、後どれくらい持ちますか」
「……七年くらいだと」
なんとなく自分で触れないようにしていた。自分の寿命は後どのくらい持つのか。それは考えたくないことだった。一度の死でそれまでわからなかった「死」の概念が確実に脳に刷り込まれていた。春菜からの問いで俺の胸の内に秘められた黒い何かが全身に行き渡る。急激な悪寒に加えて気力が漏れ出ていくような感覚に襲われる。
「あ、あの。聞かないほうがよかったですか」
「大丈夫。そのうち向き合わなければいけなかったことだから」
時を同じくして、妖精が宿るための魔術に必要な依代となる大樹が定まる。先ほどと同じようにして妖精を放出し、森へ放つ。
すぐさま地面に手をつき、大樹を中心に一時的に暫時自然力の供給を可能とする結界を構築する。放たれた妖精が自然力の枯渇で死ぬことを防ぐためだ。妖精自身も各々が気に入った木々に入り込んでいく。
妖精自身が放つ光が段々となくなり、あたりに暗闇が戻る。光源は月明かりだけとなった。
「あとは総括と他の人たちに任せます。明日うまくいけば、村の人に魔術を教えようと思っています」
作業を終えて小屋に踵を返そうとする俺の手を春菜が掴んで、それ以上の行く手を阻んだ。
「待ってください。話はまだ終わってません」
振り返る俺の顔を見て春菜はいった。
「なんで…人と話すときそんなに悲しそう顔をするんですか」
春菜の瞳に映る自分の顔を見て「こんな顔をしていたのか」と、驚いた。決死の言い訳を試みるも、それは彼女の言葉で遮られる。
「いや、これは」
「それに、見た気がするんです。三年前『銀ノ雨』が降り止んだ後、やっくんを。あなたはやっぱり ——」
「気のせいですよ」
俺は手を振り払って去り際に一言告げた。
「俺に他人を重ねないでください。俺はただの旅人です」
俺はそれから生きている間、ずっとこの
本当にこれでよかったのだろうか。
それに、向き合って思ってしまったのだ。
仮に俺が弥彦だと言って、彼女と夫婦になれたとしても俺は七年前後で死んでしまう。二度も同じ人の死に窮す人の内情は崩れてしまうのではないか。なら、いっそこのまま三日月暮羽として骨を埋めたほうが双方にとっていいのかもしれない、と。
それからは早かった。陸が妖精との契約に成功した後を続くように人々は次々と妖精と契約し各自、魔術を日々の生活に取り入れて暮らしを豊かにしていった。次第に村が町となり、さらに土地を妖精と相談しながら開墾し、町や村を増やした。
そして六年と九ヶ月後、俺は三日月暮羽としてこの世を去った。
* * *
弥彦が他界したその日の深夜、安置された遺体のそばに何者かが現れる。
「はぁ〜あ。やっと死んでくれた」
宵闇に紛れてやってきた、望まれぬ来訪者は死せる王にそう零す。雲間から月明かりが部屋にさし、弥彦の死相が照らされる。瞬間、それは激情に駆られた。
「お前がっ!いたせいでっ!無茶苦茶だっ!」
そう言って、口だけの異形は死体を満足のいくまでズカッ、ズカッと蹴り込む。次第に気分が昂揚してきたのか、それをやめて肩膝立ちになり弥彦の胸に手を置いた。
「はぁ…すっきり。それじゃあメインディッシュだ」
黒いそれは頭からゆっくりと小さな粒となり、突き出した腕を伝って弥彦の体の中に流れ込む。しばらくすると足までが粒子状になり、体そのものが消失する。すると屍体がピクリと動き、上体が起き上がる。
「ああ、嗚呼!なじむ、馴染む!まるで元の体みたいだ」
誰もいない部屋の中で狂気じみた声が木霊する。弥彦は三年間の旅の中で人の許容量を大きく超える妖精と契約し、魔術を行使した。その結果、自然力が体に溶け込むという異常な状態にあった。それは人を超えし存在と言って申し分ないものだった。
影ビトはこの時を待っていた、弥彦が死ぬその日を。そのために世界がどれだけ彼に修復され、自らのシモベを殺されようとも姿を隠し続けた。
「さあ、これからは僕の時代だ。始めよう破壊を、導こう崩壊へ」
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