一章 王国立中央魔術学院

入学編

14_終わりの始まり

《星銀歴四百七年、三月三十一日》 

 ベットの上でスヤスヤと眠る少年は、木漏れ日を受けて気持ちよさそうな表情をしている。

 すると徐にドアが開き、何かが部屋に入ってきた。それの首から下がる宝石が窓辺から差し込む光に反射してギラギラと光る。そして、眠る少年の枕元までやってきた。


ペロペロ、ペロペロ…

ペロペロ、ペロペロ…


 顔を舐め回すも一向に反応する様子もない彼に痺れを切らした一匹の狼は遠吠えを敢行する。

「…ワァァォオオオー。…ホワァァオオオオー」

 小さいけれどよく響く、不穏な鳴き声。しかし、目の前の少年は気づくこともなく、ぐっすりと寝たままだ。

『いや、起きろよ。起きろ!』

 灰色狼は眠る少年の頭に直接、言葉をねじり込む。

「五月蝿いなぁ…。まだ僕は寝ていたいんだ…後少しZZZ…」

 彼を起こさないと今日の生肉が少なくなる。というよりすでに少なくなっている。

なんで…こいつ、これで起きないんだ。

 はぁ、といつものようにため息をついてから狼は最終手段を決行した。

 ガジガジ…ガジガジ。

「…っいたい、いたい。いったいなぁ、もう!」

 狼が少年の頭蓋に少々痛みを与えるように噛むと彼は叫びながら飛び起きた。

「蒼葉!それやめろっていつも言ってんだろ!」

『んなこと言ったって、悪いのはお前だ。起きないお前が全て悪い。お前を甘やかすと俺の食事も減るんだぞ、ふざけるな!』

 蒼葉と呼ばれた狼は少年に牙を剥き出しにして抗議する。

「減らすのは久遠くおんさんだ。僕は関係ないだろ?」

『…お前が毎朝、起きないから俺が割を食ってんだ。お前が悪いに決まってる』

 少年の頭に響かせるように愚痴をこぼす。

「久遠さんは?」

 寝癖がついたままの少年は何事もなかったように蒼葉にそう聞いてくる。

『もう日が登ってるぞ。お前が寝ている間に出かけた。…おい、聞いてるか』

「聞いてる。聞いてる」

 すでに少年は階段に遮られて半分見えなくなっていた。

『まあ、どうでもいいけどよ。ヨスガ、今日は入寮の日だろ。準備はしてあるのか』

 縁と呼ばれた少年の頭がピクリとわずかに揺れて静止した。


*  *  *


「わすれてたぁーーー!」

 僕はほとんど降りかけてた階段を大急ぎで再び登り、蒼葉のところまで戻ってきて両手でその頬を揺さぶる。

『昨日、やっとけって言ったろ!』

「やろうとはしたけど、『明日でいっか』ってなって寝ちゃったんだよー。ああ、どうしよう。確か運送の人来るの十時だったよね」

『確か、そうだった…はず』

「やばい、やばい。と、とりあえず、顔洗って…朝食食べて…着替えて、それで」

 僕は内心焦りながらも段取りをすぐさま考える。

『とっととやれ。動きながら考えろ!』

 その声の主から逃げるように階段を駆け降りて、外の井戸に向かった。

 


「はあ…なんとかなった」

 大急ぎで荷造りをした僕はほっと息を吐く。テキトーに必要なものをかき集めて木箱に放り込んだものだから何か足りないかもしれないけれど、最悪向こうで買えばいい。

『朝から慌ただしかったな。今度から早くやれよ』

 少なめの食事を終えた蒼葉がやってきていつものように呆れながら話す。今まで何度同じことを言われたかわからない。

「次は僕の準備かあ」

 そう呟きながら、背袋を自分の部屋から引っ張り出してきて用意を始める。

御天道おてんとさんが上がり切るまでにやらないと、馬車来るぞ』

「それなら、大丈夫。僕らが走ったら、そこら辺の馬車よりはずっと早い」

『目立つだろ』

 蒼葉はそう指摘するが、日々の鍛錬の合間に学校のある都市の周辺まで続く森のルートを見繕ってある。問題の「見られること」もほぼないはずだ。

やることがない蒼葉は居間の角で四つ足を折って大きなあくびをしていた。

『まあいいや。…ああ、それと。行く前に片付けていけよ。久遠がこの部屋見たら、多分ブチギレるぞ』

 僕は改めて家の中を確認するとどの部屋も大小の差はあれ、散らかっていた。朝急いでいたから片付けるところまで気が回らなかったらしい。過去の自分に念を放ちながら、返事をする。

「わかってるよ。ちゃんと片付けてから出る」

 

『結局、走んのかよ!ったく、手ェある癖に遅せぇんだよ』

「仕方ないだろ。あれこれ確認してたら、思ったより時間かかっちゃったんだから」

 すでに日が下がり始め、全力で走っても入寮時刻に間に合うか怪しくなっていた。戸締りをしてから小走りで玄関に向かう。引き戸を勢いよく開け、閉める。最後に鍵がかかっているか確認をして、蒼葉に合図を送る。

「蒼葉、走るよ。ついてきて」

 家から出て村を抜け、整備されている通路からいつも狩りをしている森に入る。十二分に奥に進んでから誰も人がないことを確認する。それから僕は深呼吸をして目を瞑り、全身に体内のエネルギーが満ちるように意識を向ける。

「いくよ」

 瞬間、僕は走り出す。加速度的に速度を上げ、馬が地を駆ける速度に到達した。蒼葉がついてきていることを尻目に見つつ、木の枝や根などを避けながら最短距離を駆ける。

 幾度か休憩をとりながら、村との中間地点である商業都市『万灯まんとう』を抜け、空が真っ赤に染まり、日が沈み始める頃、木々の間から首都『天誅てんちゅう』の中にある王城を視認した。そこで僕はゆっくりと速度を下げ、足を止める。釣られて追従していた蒼葉も速度を緩めて停止する。

「これなら、もう歩いても間に合うと思うよ」

『はあ、疲れた。もう無理だ』

 いや…ほんとごめん、と心の中で謝りながら呼吸を整える。口に出さないのはそうすると蒼葉が付け上がるからだ。何かにつけて要求大きくなるのに加えて、態度も大胆なものになる。

 それが嫌で僕はある時から蒼葉に謝ることはやめたのだ。

そうでなくても態度はいつも図々しいのだから溜まったものではない。

『今、何時だ』

 森の奥から街道に出たときに蒼葉が僕に聞く。全く気にしていなかったが言われると気になるものでコートのポケットに入れていた古い懐中時計を取り出す。

 学校の寮の門限に間に合うかは微妙なところだった。

「…蒼葉、軽く走れるか」

『はあぁぁ〜。わーったよ』

 言葉を聞いた瞬間、大きなため息をついて面倒臭さを全面に出しながらも了承の意を示す。

『ったく。貸しだからな、貸し』

 蒼葉は再度走り出す時、呆れた様子でそうボヤいた。

「わかったよ、また今度」

 いつになるか分からない曖昧な約束をした。

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