12_帰還

 俺は大陸中を周り、同様の考えを持つ妖精を探した。新生妖精には選択肢として諭した。ゆっくりと。しかし着実に俺の、タクトの思想は伝播した。今では考えを共にする数多くの妖精が旅に同行してくれている。


 海上都市崩壊の直接要因の大毒蛇の討伐、流火によって燃えた自然の再生、新しき人類との出会いと別れ、同郷の人類の捜索、破壊神の再封印。流火は破壊神が復活する予兆だった。北の大地に存在する開きかけた扉を閉めたため、もう流火は起こらない。 ——封印が緩むことさえなければ。

 そして、ことの発端たる影ビトの行方について。


 旅に出てからもうどのくらい経ったかも数えなくなった頃、俺はタクトの目的を大方果たしていることに気づいた。


——だから、みんながいるところに帰ることにした。


 自然にとって自分がやれることは限られている。そして、人類はその種だけで自然を支配し、荒廃させる力を持っている。タクトの願いを実現するには彼らとの協力は必定だった。

 しかし、人の住処に近づくにつれ、どこからともなく不安が込み上げてくる。


…みんなの中では俺はすでに死人であるはずなんだ。


 それにタクトとの融合後、容姿がかなり変わってしまった。混ざり立ての時はまだ昔の要素が半分以上残っていたが月日を経て馴染んだのか、肌と髪は白くなり目は琥珀色になってしまっていた。それに顔も少なからず、タクトのそれの影響を受けている。


これって、人なのか…。


 水面に映る自分の姿を見てそう零す。新しい村の近くまできているのだが、どういう顔をして会えばいいのか。考えれば考えるほど頭の中がグルグルとしてしまう。頭を抱えて身を捩る姿が川に映る。

 いっその事、このまま旅を続けるか、そっちの方がずっと楽…。

ガタン!

 川の上手から音が響いた。反射的に腰のナイフに手を当て戦闘態勢をとる。

しかし、いたのは成人して間もないくらいの女性で、先ほどの固い音は木製の桶を落とした音らしかった。顔は遠くてわからない。しかし敵ではないことを確認すると戦闘態勢を解く。


 人里まで送ろうかと声をかけようとすると、ドンッとその女性が突っ込んできた。不意打ちに反応できず、そのまま押し倒される形で転んでしまう。

「どうかしましたか」

 声をかけると同時に胸の中で疼くまる女性の顔が俺と合う。俺は目を見開いて顔をまじまじと見て認識する。


——春菜だ。間違いない。


 彼女はハッと顔を赤らめてからこう言った。

「…すみません。人違いでした。遠くから見ると背格好が行方知れずの夫に似ていたもので…。帰ってきたのかとばかり」

「そうですか…」


俺はこの瞬間を一生後悔する。ここで「俺は弥彦だ」と言えれば、と。


「お一人ですか」

「そうです。ずっと一人で旅をしていて」

——俺が弥彦だ。気づいてくれ。

 頭で思っていることとは別のことが、他人としての対応が口からスラスラと流れ出ていく。

「お名前は」

「三日月…暮羽くれは

——武田 弥彦だ。

 俺は嘘に嘘を重ねた。春菜の所属している部隊で新しい集落への道中、ずっと別人を振る舞い続けた。



「あ、おっかえりー」

 門の近くまで来た俺たちに向かって大声で手をブンブンと振る人が目に入る。

ああ、あんなことをする奴は一人しかいない。陸だ。もう見なくてもわかる。目尻が熱くなり、頬に涙が伝う。

「どうされたんですか」

 横から布が差し出される。ボヤける目でその手を追うと春菜の顔が目に入る。

「人と…久しぶりで…懐かしくて…それで」

 取り止めのない言葉が溢れていく。多分顔はひどいことになっているだろう。

「そうですよね、何せ。随分とお一人が長かったようですから」

 春菜はそう言って、俺の背中をさすってくれた。

 顔色が悪かったのか、集落についた途端に近くの小屋で横になることを勧められた。促されるままそこまで歩き、すぐに横になった。

「何かあったら、呼べよ。暫くいっから」

戸口から陸の声がする。「ああ」と最低限の反応をして訪れる沈黙に身を委ねる。暫くして喉元に血の気がさした。筋肉を閉めてそれを抑えようとしたが抵抗虚しく吐血した。


…まずい。もう時間がないのかも知れない。


「おい!おい!大丈夫か」

 それに気づいた陸が枕元に駆けつけて俺の頭を横にして血で溺れないようにする。

「待ってろ。妹、呼んでくるから。この類の対応ならあいつの方が…」

 簡易的な処置を済ませた陸は部屋を飛び出した。


 閉ざされる意識の中で思考する。


 そもそも今更になってなんで来たんだっけ。


 そうだ。みんなに妖精と契約してもらわないと。


 人類がこの地で自然と共に繁栄するために。



 数度の瞬き、明滅する視界が調節されて明瞭なものになる。日は落ちたようで辺りが暗くなっていた。

「お、起きました!大丈夫ですか、三日月さん。持病とかありますか」

 大きな声が鈍い頭に響いた。それを起点に意識が現実に浮上する。日々の睡眠から起床するように自然に上体を起こした。

「ない…です。それより、今から集会を開けますか。なるべく全員参加で」

「急ですね。…り、兄に確認しても。今、兄が総括なんです」

 春菜は顎に手を添えて考える素振りをしてからそう言って、別の人を寄越してから春菜はいなくなった。


 暫くして、陸が来て「俺に伝えるだけじゃダメか」と聞くので首を横にふる。

「今から伝えることは直接聞いてもらわないとダメなんだ。重要なことだ」

 わずかな沈黙の末、確かな意志が伝わったのか陸は了承する。

「…わかった。春菜、村の人を全員起こして広場に集めてくれ。集会を開く」

 陸の声に呼応するように春菜が動き、一軒、一軒と回るうちに騒々しくなっていく。

 俺も動かないと。すると下半身の感覚がわずかに鈍くなっていることに気がついた。

 三年前のあの時と同じ感覚だ。ゆっくりと、けれど確実に迫る死の気配を感じる。

「どうした、暮羽。広場にいくぞ」

「わかった」

 そう言って陸のあとを追った。

 夜中に広場に集められた村人たちは騒然としていた。大人だけでなく子供も含め、全員集めたため演説台に登った俺の眼には目を擦ったり、母に手を引かれる子が数人見受けられた。

 高台の上で目立つ俺に視線が集中した。何かが始まることを察したのか周りが段々と静かになる。

 その中で俺は妖精の存在と契約。数年前に起こした奇跡が魔術要因であったことを告げた。


・妖精と契約することで起こるメリット

一. 人が魔術という奇跡を行使することができるようになること。

妖精への生命エネルギー(自然力)を供給し、妖精がそれを操ることで魔術の行使が可能になる。ただし、魔術の強さは妖精との適性、彼らの技量に依存すること。(この時の供給量は食事や睡眠で回復する程度が基本。そうでないと、体の大きな負担になり、最悪、寿命を削ることもある。)


二. 妖精と契約することにより、健康寿命が伸びる。

妖精と契約することで今まで持て余されていた自然力が効率化するためだ。


三. 魔術により感染症の治療ができる。

魔術の中に無系統魔術〈治癒〉があるからだ。効果は異常な細胞をもとに戻すこと。しかし、不可逆的な変化は戻すことはできない。


 皆が再びざわざわとし始める。一部からは野次が飛んだ。混乱している。それもそのはず、人類にとって魔術とは一般的に創造世界の産物であるからだ。それをいきなり公然の場で突然「あります」と言ったら、訝しむのが普通である。

 そこで俺はパンっと手を叩き、皆の注目を再度集めた後、実際に魔術で手のひらに火を生成し、体内に宿している無数の妖精を放出する。夜にもかかわらず、淡い緑色の光があたりを照らし、夜闇を遠ざけた。一転して静寂が訪れる。俺はそれを確認すると、注意点の説明に移った。


一. 契約妖精は一人につき一体でないと体に大きな負担がかかり、日常生活に支障をきたす。


 俺は最後に妖精と契約するときに行われる契りについて話した。


〈保全の契り〉

自然への破壊行動の禁止。

生態系を破壊しかねない過度な狩り、土地の開墾、物づくりなど。


〈不戦の契り〉

土地の利権、地位など自らの欲による大規模な戦を禁ずる。

ただし、他種族間の戦争に巻き込まれた場合または領土に進攻された場合は例外的に武力の使用を許可する。


これらの契りを侵したものは契約の効力によって自らの存在だけでなく、関わった者の記憶も一部抹消される。


 これは俺が妖精たちと交わした契りで本来、契りは妖精側から一方的に決めることができる。しかし、それを話すと更なる混乱を招きかねないために意図的に隠した。今、俺が使役する妖精たちはタクトの遺志を継ぐもの達だ。問題は起こらないだろう。


 話を聞き終わった人たちは様々な反応をとった。ある人は驚き、またある人は生活が変わることを喜んでいた。逆に怯える者も少数ではあるが、いるのが分かる。しかし、ここからは俺が決めることでない。陸や春菜、それに付き従う者たちが考えることだ。

「なあ、それ。契約っていつからやれる」

 陸が演説台を降りた俺に話しかけてきた。そして彼からいくつか問われる。

「森に妖精を放ってからだ。それから少しずつ契約者を作っていこうと思っている」

「魔術はどうやって使う」

「契約すれば、なんとなく分かるはずだ。人が息をするみたいに自然なことだから」

「わかった。それじゃあ、『契約』は俺が一番最初だ。信用してないわけじゃないが、流浪がついた日に空想じみた話をした。魅力的な話だからこそ、俺がやって信用を勝ち取る。いいな」

 陸は村人が集まっている方を向き、大声で宣言した。

「俺はこいつの話に乗ろうと思う。俺がやってうまくいったら、こいつを信用してやってくれ」


「しょうがねえな」


「うまくいったらなー」


「あーあ、いつもの博打だよ」


 集会は騒がしさと混沌を残したまま、人がポツポツとその場からいなくなることで終わりとなった。その時、ちらりと父さんの姿も見えた気がした。

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