05_再会
拠点を移しながらの生活にも慣れてそれが日常になり始めた。移動の途中で散り散りになってしまった仲間も加わり、談笑も増えた。逃げ遅れた人もそれなりにいたが、それでも頑張って暮らそうと皆の士気が高まっていた。
「もう逃げられる場所がない」
それは突然の宣告だった。俺を含めた皆が疑問符を浮かべる。広瀬さんの隣に立つ観測班のリーダーが顔を俯けているのを見るとそれが肯定されているような気がして急に現実味を帯び始める。
「正確には大勢で逃げるのにリスクがつくようになる」
想像より深刻ではなかったからか周囲がおおっとざわつくが、広瀬さんは左手を宙に上げてそれを制す。
「ここから先は未探索の領域になる。遠征時も未探索の場所の行動でも行方不明者、死傷者は少なからずいた。大勢で移動して、もしなんらかの事態になったとき共倒れになる恐れがある、と私たちは判断した。したがって、今いる百二十人弱を十〜十一人編成の十二班に分けることを提案したい」
再び周囲は喧騒に包まれる。突然、一つの集団が十二に分かれろと言われて困惑するのは至極まともだろう。
友達や家族と一緒にいられるか、この班編成は決定しているのか自由意志が尊重されるのか、そもそもそれから先に生き延びることができるのか。今のままの方がかえって生き残れるのではないか。周りから複数の事柄が同時多発的に生まれて頭が混乱しているのが見て取れる。
かく言う俺もこれから先の生活への不安に苛まれる。
「ここから先は私たちも責任が取れない。あくまでこの編成は提案だ。好きにするといい」
それを合図に集会は終わりを告げた。今までリーダー格を担っていた数人に大勢の人が群がり胸に抱くことを次々に詰問し始める。俺を含む一部の人は今知った事実にただただ打ちのめされていて愕然としていた。
「大丈夫だよ」
ふと横から可愛らしいけれど決意を感じさせる声が響く。
「私が一緒にいてあげる」
そう言って俺のだらりと下がっている左手を握る。
俺の不安を見透かしているかのように春菜はニカッと笑い、胸のうちの靄を無根拠な自信で晴らす。ゾワッとする不思議な感覚が身を包むが、それは気持ちの悪いものではなかった。
人々からくる無数の質問に丁寧に広瀬さんらが答えた後、生存とリスクのせめぎ合いの中、班編成の形式が定まった。
絶対条件として、元遠征班の人を一人以上含む班を再構成することになった。遠征班の人は未探索の領域での行動の仕方を熟知している。また、その他の班員は自由ということに決められた。いくら遠征に行っていた人だとしても死ぬ可能性がゼロになるわけじゃないからだ。班分けはすんなりと終わって、それから班員の能力値に応じて少しばかりの異動が行われた。幸い、俺と春菜は離されることはなかった。
「この先の旅に幸あれ!」
誰かがそう叫んだ。瞬巡の静寂に見舞われて後、復唱する声が次々に上る。 『この先の旅に幸あれ!』
まばらに始まったそれは回を重ねるごとに同調し、ついには森を震撼するほど大きなものになる。今まであった重厚な雰囲気は晴れ、楽観的で賑やかな雰囲気が周囲を包む。そのムードのまま探索の準備(食料、備品などの均等割と各班の行き先)が終わり、早い時間に床に着いた。
この四週間、雨は降ったけれど、火災を鎮火するには至らなかった。それどころか火は拡がる一方だ。この火災は全く火の気がないところから始まった、と誰かが言っていたのを聞いたような気もする。ぼんやりとする脳裏に浮かんでくる思考は実を結ばず、虚空を切る。
考えても答えを得られないことを悟った俺は意識を深層に埋没させた。
日数にして二十日くらいした頃、俺たちは森の奥深くに潜り水源を探していた。…はずなのだが。
「走れ!」
遠征班の人の指示によって俺たちはひたすらあるものからの逃走を余儀なくされた。
「ボァァァァ‼︎」
黒い巨躯のそれはジグザグに逃げる俺たちを一直線に追ってくる。間にある障害物を苦にもせず、唸り声をあげて距離を縮めてくる。
俺はこれを知っている。獰猛な鎌のような爪に見覚えがあった。父の右腕を引っ掻き大きな傷跡を残したものと酷似している。
…グリズリーだ。
肉も植物も食べられるものはなんでも喰らう森の化け物。銃があれば射殺も容易だが、海上都市を放棄せざるを得なかった俺たちにはないものねだりである。
「クソッ!」
班員の誰かが声を上げる。しかし、毒づいたところでなんになるわけでも無い。現状は深刻だ。追いつかれるのも時間の問題。あっちからしたら大量の食料が目の前にあるのだ。
黙って見過ごしてもらうのは不可能だろう。バキバキと木を薙ぎ倒す音がどんどん近くなってくる。完全に目視できるようになった熊(グリズリー)は鬼の形相。もう追いつかれる…と思った時、上空からキンと声が響いた。
「全員、321で飛べ!」
突然の来訪者は俺たちにそう告げる。
「3…2…1。今だ!」
藁にもすがる思いでその声に合わせて足に力を込め、放出する。するとギリギリまで熊の顔が迫り、食いちぎられると思った瞬間、地中から大きな網が現れ熊を捕縛した。
間一髪のことに驚きのあまり立ち尽くす。胸を撫で下ろす俺は横に春菜の姿を確認し安堵する。
「お兄ちゃん…」
遥か上を見つめていた春菜は驚いた表情で呟いた。
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