第86話 原因究明
とりあえず、まだ猶予はあるということで「それぞれ、勇者と姫巫女の性別がバレないように、第五使徒との初戦をクリアする方法を考え、夜にまた話し合う」ということでこの話は一段落させ、俺は午前と午後の日課になっている魔術の練習を始めた。
左手お守りを使った浄化は日常生活で使っているのでもう練習はしなくなった。
正三角形の紋章の左手お守りを使い、油でなめした麻ロープ――焚き付けに使うロープに火種を付ける練習をする。
三角形の頂点を何度も練習に使って黒く焦げたロープの先端に合わせ、先端だけが手から出るように左手で握りその左手を右手で包み込む。ぎゅっと力を入れて、左手お守りに気を込めながら、ロープの先端に火がつくところをイメージしながら呪文を口にする。
「ゼッテ!」
ぽっ、と麻ロープの先端、三角形の紋章のとんがりのほんの僅か先に火がともる。ほっとくと左手お守りに火が移ってしまうので、すぐに指をスライドさせて紋章を火から遠ざける。
うん。いい調子だ。
俺は、息を吹きかけ、点いたばかりの小さな火を吹き消した。
実際に火起こしに使うときには、ロープの先端を少しほぐして空気を含ませ、すぐに火が大きくなるようにして着火するのだけれど、今は練習なのでそこまではしない。火が大きくならない状態のロープを使って、3回発火の魔術を使って、発火の練習を終える。
自分ひとりで練習するときは、成功しても失敗しても、同じ魔術の練習は一度に3回までがいいとジェイドさんに教わった。失敗を繰り返すと、失敗の印象が
アクションゲームとか、何度も繰り返すと惰性プレイになって無駄に残機使っちゃうことあるから、すごく納得だ。
発火の練習を終え、正三角形の発火の左手お守りを五茫星の発光の左手お守りに持ち替える。タイミングを見計らって立ち上がった勇者姫様が、天井から外した大理石ランタンを「どうぞ」と差し出してくれる。俺は「ありがとうございます」とそれを受け取った。
五茫星の角のひとつをはみ出させるように左手お守りを手に握り、ぐっと力と気を込めながらそれをランタンにくっつける。
軽量化するためにコップ型に彫った大理石に、吊り下げるための金属フレームを付けたのが大理石ランタンだ。
発光の魔術は、光を通す無機物に光を宿す。乳白色の大理石は、内部で乱反射した光を全周囲に拡散する。まわりをより広く明るくするわりに眩しくないので、ランタンの素材としてよく使われるのだそうだ。
俺は、ランタンの大理石部分が白色電球みたいに光っているところを思い描きながら、呪文を唱えた。
「ゼッツオー」
ほわりと大理石に光が宿る。
今度は大理石の光が消えることを思い描きながら、指で大理石の表面にバツ印を描きながら解除の呪文を唱える。
「テアーユ、ゼッツオー」
ふっ、と大理石の光が消える。
解除の魔術は、「不完全な魔術の上掛け」に近いのだそうで、自分がかけた魔術の解除には
点けて消してを3回繰り返し、発光の魔術とその解除の練習もおしまい。
いよいよ、一度も成功していないトイレの結界魔術の練習だというときに、ジェイドさんが「お待ちください」と声をかけてきた。
「どこに問題があるかの洗い出しのために、一段階戻すことにしましょう。姫様、ご協力をお願いします」
俺の手から取り上げたランタンを天井のフックに戻しながら、「もちろんだ」と勇者姫様は答えた。
ジェイドさんが提案したのは、浄化魔術の練習のときのように、勇者姫様の聖霊気を借りて左手お守りと俺のテグルオーと呪文で魔術を発動することだった。
「姫様の大量の聖霊気を使って結界魔術を発動してみて、その結界を調べてどこに問題があるのかを探るのです」というのがジェイドさんの説明。
トイレのカーテンの中に、勇者姫様と一緒に入る。
トイレで練習するのは、「実際に区切られた空間のイメージ」が、結界の範囲を指定する
トイレの蓋に座り左手お守りを掌に挟んだ俺の両手を、狭い空間の中で両膝をまたぐように立ち、俺の方にかがみ込んだ勇者姫様の両手が包み込む。
手の甲に久しぶりに感じる勇者姫様の手は、手の甲はたおやかに見えるけれど、触れている掌には硬い感触がある。なんかちょっと、実家のじいちゃんの手の感触に似てると思って、その硬いものが長年何か――多分、聖剣を握ってできたタコなのだと気づいた。
身体能力とか魔術とかの凄さに圧倒されるけれど、与えられた特殊能力を利用しているだけの人じゃないんだと実感する。
「ユウキ様?」
怪訝そうに俺の顔を覗き込む勇者姫様に我に返る。
「あ。はい!」
いけない。集中!
俺の手を通って左手お守りに流れ込む勇者姫様の聖霊気。
俺はそれを感じながらトイレのカーテンの内側に、音と臭いを閉じ込める結界を思い描く。
「チゼアー、チッテアー」
呪文を唱えた途端、さあっと周りに結界の境界を示すように淡い光の壁が一瞬だけ立ち上がった。
「成功しましたね」
顔を上げれば、勇者姫様の目を細めた笑顔が間近から俺を見下ろしていた。
その笑顔がなんかやたら可愛いくて。
あれ? よく考えたら、トイレの個室で二人きりでこんなに顔を近づけてるって、すごく変なシチュエーションじゃないか?
そう気が付いたとき、「失礼いたしますぞ」という声と共にさっとカーテンがめくられ、ごく淡い光のベールの向こうにジェイドさんが顔を出した。
ジェイドさんが掌をこちらに向け光のベールに手を近づける。その掌が光のベールに触れたとたん、ガラスに押し付けられたように形を変えるのが見えた。
「ん?」と勇者姫様が鼻を鳴らすのと、「むっ」とジェイドさんが眉根を寄せたのは同時だった。
「ユウキ様の作った結界は、俗に『厠の結界』と呼ばれる気配遮断の結界とは異なるものでした。音や臭いを遮断するという効果のほかに、強力な物理防御が付与されているのです」
結界を解除してトイレから出てきた俺に、ジェイドさんは説明してくれた。
「呪文の本来の効果である気配遮断の要求する魔術的な力は少量ですが、物理防御はその強度によっては大量の魔術的な力を要求します。その上に、おまけとして強引に付与しているので、さらに要求量が増えています。
ユウキ様のキは、聖霊気に換算すると大変に少ない量です。
このため、『不適切なテグルオーにより要求する魔術的な力が桁違いに増え、魔術的な力が不足したために発動しない』という状態になっているのです」
つまり、余計なオプションを付けているから支払い総額が上がって、現在のチャージ金額では支払いが出来なくて購入ボタンが押せないということかな?
トイレの結界魔術が使えない理由はわかったけれど、俺は困ってしまった。
「でも、俺、物理防御を付けたいなんて考えながら、呪文を唱えてませんでしたよ?」
「おそらく、意識せずに付与しているのです。となると、少々厄介ですな。対策は考えます。ひとまず、今日の午後の練習はここまでとしましょう」
ジェイドさんは難しい顔でそう言ったのだった。
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