第3話 なんか変だぞ、この異世界召喚!

 気が付いたら、見たことのない場所にいた。

 見たことはないけど、似たような場所は知ってる。一穂いちほが結婚式を挙げた教会――いや、あそこよりずっと豪華だ。

 高い天井と、ステンドグラス。びっしり刺繍された布がかけられた調度品は重厚な木製で、金の飾り金具がいっぱいついてる。

 ただ、ここが教会だってことに、俺は自信が持てなかった。

 だって、ステンドグラスの手前の高い場所に立てられているのは、普通の十字架じゃない。縦棒が長い細長い十字架と、縦棒と同じくらいの三本目の棒をXの形に組み合わせたような、見たことのないシンボルだ。

 足元を見れば、石畳に複雑な模様が刻まれていた。同心円状に描かれた線とその内側に描かれた幾何学模様と、見たことのない文字らしい記号。

 光ってないけど、回ってないけど、さっき俺の足元にあったのと同じ魔法陣だと思う。

 教会に、魔法陣なんてないよな。

 やっぱりここは、教会じゃないんだろう。

「やった! 成功だ!!」

 後ろから聞こえてきた女の声に振り向けば、スカートが大きく広がったクリーム色のドレスを着た美女がいた。

 迫力ある美女。くっきりした眉毛と、やたら生気みなぎる目力の強い青い瞳が印象的な美女。顔と雰囲気は、宝塚の男役引退した女優みたいなキツイ系の美女だ。

「すごいぞ、ジェイド! 本当に召喚できたぞ!」

 大興奮状態で美女は、左隣に立つ白髪白髭で杖を持った爺さんに話しかける。

 その美女の右手には、なぜか抜き身の剣が握られていた。柄頭にくすんだ黄色の大きな宝石があしらわれた両刃の直剣――ロングソードってやつか?

 美女のきちんと結い上げられた金髪の頭には、銀色のティアラが載っている。


 これ、アレだ。

 絵に描いたようなお姫様だ。

 ディズ〇ープリンセスだ。

 顔、男役系だけど。

 言葉使い、変だけど。

 剣、持ってるけど。

 でも、格好はまごうことないお姫様だ。

 このドレスのこの艶、シルクか? 刺繍とフリル、すごく手が込んでる。スカート、ワイヤー入ってるのかな? いや、パニエだけでボリューム出してるのか?

 スクエアネックで長袖、コルセットでウエストを締めて、体の前面はパネルで押さえてまっ平らって、マリーアントワネットとかの時代のシルエットだっけ?


 つい、目の前のお姫様のドレスを観察していたら、お姫様の背後にいた地味なドレスの白髪のばあさんが、「ん゛ん゛っ」と咳ばらいをした。

「姫様。お言葉」

 小声でお姫様に耳打ちするのが聞こえた。

 お姫様は、改めてというようすで俺に向き直り、背筋を伸ばして姿勢を正すと、右手の剣を左手で逆手に持ち直し、剣を持ったまま器用に両手でスカートをつまみ上げ一礼した。

 剣を持ってるのにめちゃくちゃ優雅だ。

「ようこそ、召喚に応じてくださいました、来訪者様。わたくし、双玉光る国の第一王女、リアナ・サラード・エ・ト・ヴァルトが、双玉光る国を――いえ、この世界のすべての人々を代表して、お礼申し上げます」

「来訪者……?」

「あなた様は、この黄玉の聖剣とこちらの青玉の聖杖の力により、この世界を悪しき魔女の手から救うために異世界から召喚されたのです」

 こちらの、と隣のじいさんを手で示しながらお姫様が言う。

 じいさんの手には、先端に暗い青色の宝石があしらわれた背丈くらいもある杖が握られている。

 ベタだ。すごいベタだ。

 ベタだけど、わかりやすい。

 わかりやすいんだけど、俺にはひとつ、気になることがあった。

 部屋着の高校ジャージに靴下という姿で、俺は右手を上げて口を開いた。

「えーと。ひとつ、聞きたいんだけど、いいかな?」

「はい。何でしょう?」

「俺、元の世界に帰れるの?」

「召喚された目的を達成すれば、自ずと元の世界、元の時間に帰る魔法陣が発動します。

 死ぬ心配もありません。この世界で死んだなら、元の世界に戻るだけです。

 来訪者様にとっては、この世界で起きる出来事は一瞬の夢のようなものなのだそうです」

 お姫様が穏やかな声で、すらすらと説明してくれる。

「なんでそんなことがわかってるの?」

「一度召喚され死んだ来訪者様が、同じ勇者の次の召喚で再び召喚されるのは珍しくないのです。その際の詳細な聞き取りの記録が、いくつか残っています」

 複数の前例があるということは、大丈夫なんだろう。多分。

 一瞬の夢ということは、元の世界に帰ったら時間が経ってるということもないんだろう。

 俺はほっと息を吐いた。

 とりあえず、「長期間行方不明で、アパートに親が来て、通販で買ったアレを見られる」という事態は避けられるわけだ。

 考えられる最悪の事態を回避できて、しかも生命の危険が無いのなら、まあ、後はどうでもいい。

 どうせ、現代日本から召喚された勇者って、不思議な勇者の力とか、勇者のアイテムとか与えられて、チートな強さを発揮する役割だろう?

 さっき、聖剣とか言ってたから、その剣の特殊能力で大活躍すりゃあいいんだよな?

「姫様」

 わざとらしい咳払いをして、暗青色の宝石のついた杖を持ったじいさんが言う。

「約束ですぞ。聖剣を来訪者様に」

「わかっている。だが、『きざし』がなかったら、今度は聖杖だからな? 約束だぞ?」

 お姫様は、お姫様らしくない口調でそう言うと、持っていた抜き身の剣を俺に差し出した。向けられた柄頭に、くすんだ黄色の宝石がついている。

「来訪者様、この剣をお取りください」

「ハイ」

 俺は素直にその剣に手を伸ばした。

 その剣の柄にはスエードっぽい革が巻いてあった。ところどころ擦れてテカっているのが、使い込んだ感があってリアルだ。

 リアルってのは変か。これは、実際に使うための剣なんだから。

 そう思いながら、俺はしっとりと触り心地のいい剣の柄を右手で握った。

 お姫様が剣から手を離したとたん、ぐんっと手にかかった重みに、思わず「重っ!」と声が出てしまう。

 え? 何? 聖剣って、こんなに重いの?

「くっ……っと……」

 俺は両手で柄を握り直し、剣を持ち上げた。

 うん。両手なら、なんとか持てる、けど、これ、とてもじゃないけど、振り回せないんじゃないか?

 え? 聖剣が重すぎて扱えない勇者なんて、あんの?

 不安になりながら顔を上げたら、にんまりと笑っているお姫様の顔が目に入った。

 何、その喜色満面たる笑顔。

「ほらみろ!『兆し』はないぞ!」

 お姫様の横で杖を持ったじいさんがため息をつき、お姫様の後ろで白髪のばあさんが目を閉じて天を仰いでいた。

 なんか、嫌な予感がする。

「それでは、来訪者様、今度は、こちらをお持ちください。ジェイド!」

 お姫様が、俺から軽々と聖剣を取り上げた。あんな重い剣だったのに、めちゃくちゃ軽そうに扱っているのを見て、ちょっと俺の心が傷ついた。

 いや、もしかしたら、俺が勇者レベル1で、お姫様がお姫様レベル100で、筋力値がお姫様の方が高いのかもしれないし!

 そんなことを考えている俺の前に、白髪白髭のじいさんが進み出た。持っていた杖を俺に差し出す。

 あ、もしかして、魔術適性の方がある魔術系勇者の可能性があるってこと?

 でも、「どうぞ」と先端に暗青色の宝石のついた杖を差し出すじいさんは、なんか、微妙に嫌そうに見えるんだけど……?

 なんだか……なんだか、ちょっと、嫌な予感がするんだけど……

 でも、言うこと聞かないわけにはいかないよなあ。

 俺は諦めて、差し出されたねじくれた杖に手を伸ばした。

 俺の指が、木製らしい杖に触れたとたんだった。

 杖の先端の宝石が、カッと光り輝いた。暗青色だった宝石が、明るい青色に煌めく。

 同時に、お姫様の手の中で、剣の柄頭の宝石が黄金色に輝き始める。

「『兆し』だ! 見ろ! ジェイド! マイア! やはり、この方が、勇者のための選ばれし『姫巫女』なんだ!」

 お姫様が大興奮で言う。

 え? 待って。

 その言い方、なんか変じゃないか?

 まるで、俺が、勇者じゃないみたいな……

 姫巫女って、何?!

 俺は、目の前のじいさんに目をやった。

 じいさんは、なんだかすごく気の毒そうな目で俺を見返してから、深々とため息をついたのだった。

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