姫が勇者で俺《勇者》が姫で?!-異世界で女装して魔女討伐することになりました-
ももとせ鈴明
序章
第1話 異世界に召喚されて魔女を倒しに行くことになりました
原付バイクも丸呑みできそうなバカでかい蛇が、鎌首を持ち上げ、目の前にたったひとりで立ちふさがる青年を、緑色に光る双眼で見下ろしている。
丸太を立てた柵に守られた町、戦況が良く見えるからと案内された櫓の上から対峙する大蛇と青年を眺め、俺は内心で首をひねった。
蛇……か? これ?
頭に、なんか翡翠色の
でもやっぱり、顔つきも、にょろにょろと細長い体の長さも、鎌首を持ち上げてはいずる動きも、完全に蛇だ。
うん、蛇だな。
長い二股の舌をチロチロと出しながら青年を威嚇している角つきの大蛇は、ブオー、ブオー、と低い音を立てている。こういう格好のときの蛇はシューシューと音をたてるイメージだけど、聞こえてくる音はやけに低い。体が大きい分、出る音も低いんだろうか?
大蛇と睨み合う青年の背後には、俺たちが駆け付けるまで戦っていたのだろう騎士たちが、肩を貸し合い、倒れている者は引きずりながら避難している。
俺の足元では、避難してきた騎士たちが、でも、柵の中までは入らずに息を呑んで大蛇と青年を見守っている。
「
俺の隣に立った白髪白髭の老神官――ジェイドさんが大きな声を上げた。白いローブをなびかせながら青色の宝石のついたねじくれた木の杖を高く掲げる。
「魔を打ち倒す姫巫女様の御力を、勇者に与えたまえ!」
杖の先端の青色の宝石が、中にライトでも仕込まれているみたいに青白く光り輝く。
大蛇の目の前にひとりで立つ、革鎧にブレストプレートという軽装の細身の青年――勇者が、ロングソードを腰の横に構える。握り締める剣の柄頭で黄色い宝石が光り、銀色の剣身が金色に光り輝く。
シュゴオオオッ。
そこらの人間なんかすっぽり入ってしまいそうな大きさの口を開け、角と同じ緑色の四本の牙をむき出しに大蛇が飛び掛かってくる。
その大口に向かって、勇者は剣を横なぎに振るった。
剣から放たれた三日月形の光が、大蛇の顎を上下に切断する。
とたん、大蛇の体は凍り付いたように動きを止めた。切り飛ばされた頭と上顎がぼとりと地面に落ちると、みるみる大蛇の体は黒いモヤになって大気に溶けて行った。
俺たちが立つ櫓の下で、息を飲んで勇者の戦いを見守っていた騎士たちの歓声が上がる。
櫓に続く階段に陣取って戦況を見ていた騎士団長も、「お見事!」と声を上げる。
「さすが、勇者様!」「すごい、一撃だ!」「勇者ユウキ様!」
称賛の声を浴びながら、勇者は一度身をかがめ地面から何かを取り上げると、こちらを振り向いた。後ろで結んだ長い金髪が揺れる。
勇者はこちらに向かって数歩助走し、ポーンと大きくジャンプした。
普通の人間には到底できないだろう大ジャンプで騎士たちを飛び越え、二階のベランダくらいの高さの櫓に飛び上がった勇者は、軽い足取りで俺たちの前に立った。
桁違いなのにもほどがある身体能力だ。
「お見事です、ズ……勇者ユウキ殿」
ジェイドさんが杖を片手に言うのに「負傷者に致命傷の者はいないようだが、あとで治療を手伝ってやってくれ」と言ってから、勇者は俺をまっすぐ見た。
少年から青年の間というイメージの、白い肌がきれいな整った顔。通った鼻筋、目力の強い印象的な青い瞳、少し厚い唇は何も塗っていないのにほんのり紅い。
美少年から美青年への成長過程をサンプリングしたような容姿の勇者は、俺と目が合うと不敵という印象の笑みを浮かべた。剣を逆手に持ち、片膝を着いて頭を下げる。
「ュ……『姫様』、お言葉を」
ジェイドさんが小さな声で俺に耳打ちしてくる。
俺は、ごくりと生唾を飲み込んで、背筋を伸ばして口を開いた。
「
何度も練習した、これしか言えない異世界の言葉でそう言う。
「これも、剣と杖の神の姫巫女様の御力あればこそ。感謝いたします」
勇者は線の細い体つきに似合う涼やかな声でそう応え、深く一礼してから立ち上がり、町の入り口の方へ顔を向けた。
そこには、大勢の人がいた。柵を境に内側には町の人々、外側には使徒の迎撃に出ていた騎士団。
勇者は俺に左手を差し出した。俺が右手を預けるとその手を引いて櫓の端、下の人々から見えるところに俺を連れてきて手を離した。
「聞け、双玉光る国の民よ! 使徒と戦い続け、この地を守って来た勇敢な騎士たちよ! この地を脅かしていた魔女の使徒は、リアナ姫のお力を授けられた私、ユウキが倒した!」
高めだがよく通る声を張り上げ、勇者は言った。
「私は、必ずやこの力で、魔女を倒し眠りにつかせると約束する! 50年の安寧を、必ずやこの国にもたらそう!」
騎士たちが剣を掲げ、槍を掲げ、拳を上げて雄たけびを上げる。女の人の悲鳴のような歓声も聞こえる。
勇者様、勇者ユウキ様、と勇者をたたえる声が聞こえる。
姫様、リアナ姫様、と姫をたたえる声も聞こえる。
「『姫様』、民に応えてくださいませ」
すっと俺の背後に寄ったジェイドさんが耳打ちをする。
俺は丈の長いローブの長い袖をさばき、右手を上げ、右へ左へと笑顔を向けた。
歓声がさらに大きくなるのを感じながら、俺はずきずきと胸が痛むのを感じた。
俺は、お姫様なんかじゃない。
日本の田舎で生まれて、進学で東京に出てきた、ちょっと変わった趣味のある、でも普通の男子大学生だ。
俺の隣の勇者が、俺を振り向いて笑う。
あごや頬骨が発達していない華奢な骨格のほっそりとした顔立ちだけど、そうやって自信に満ちた笑顔を浮かべると「逞しさはまだ足りない、でも先行き楽しみな、はつらつとした成長途上の若者」という印象になる。
とても――とても、この勇者の正体が、この「双玉光る国」の第一王女、リアナ姫とは思えない。
一向に収まる気配のない歓声の中、俺はそっとため息を吐く。
俺って、魔女を倒すために、異世界に召喚されたんだよな?
うん。それは間違ってない。
でも、「異世界に召還されて魔女を倒しに行く」って言われてイメージするのと俺の現状、ずいぶん違う気がするんだけど?
何も知らない人たちに気付かれないようにそっとそっと、俺はため息を吐いた。
どうしてこうなったかなあ?
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