二十二
「右、右、右! そうそうそこの岩ん所!」
「くそ、当たらない!」
「阿呆、まともに訓練やってへんからや!」
「小言は後です! 後ろにも二匹!」
「よし! 当たったぞ!」
「まだ居る!」
フィード達は城跡を目指す。ラゼルが聞き出してきた入り口は、城郭の南西側。そこまで、起伏と石垣がいくつか立ちはだかる。
狼達はそれらを利用し、付かず離れずの距離からこちらの隙を窺っている。
中央で経験した突撃訓練などとは似ても似つかない。各々が必死に見たものを喋り、叫ぶ。
それでも、一行は順調に丘の上の城跡を目指して進む。
稜線が近い。その分、向こう側が見えない。
「せーので飛び出るぞ。見つけ次第撃て。当たらんでも威嚇にはなっとる」
三人が稜線前へ飛び出し、二人は後ろを警戒する。
そこには二匹の狼。小さな標的だが、合わせて五丁の連発銃の前に躍り出たのが運の尽きだ。
重なる銃声に、強い耳鳴りが起こる。特に、鼻と耳が敏感なフィードにはこの音と火薬の臭いは中々に堪え難い。
死体の病にはあの狼たちも罹っていると思われる。しかし、ライカの弾丸を参考にした上で更に口径の大きいホローポイント弾は当たればそれなりに効くようで、撃たれたものは力無く倒れている。
「再装填!」
先頭のラゼルが叫び、クリップに纏められた八発の弾丸を銃の上部から押し込む。そしてボルトを動かし、クリップを弾き飛ばす。
また一匹、飛び出る。他の個体が敗れるのを見て攻撃方法を学習したのか、直線ではなく所々角度を付けて走る。
「来るなよ!」
ハリーが構えて撃つ。射撃体勢に腰が入っていない。当然の如く当たらない。
それを補う形でフィードが前に出る。直進しないという事は、その敏捷さを犠牲にしていると言うこと。つまり、曲がる瞬間の減速を狙えば良い。
一撃、当たる。倒れ込んだ哀れな狼は更に二発目の弾丸を頭に食らって絶命する。
「走れ走れ!」
相手にとっては不得意な防衛戦。だったらこちらは慎重に進むのではなく、一気にたたみ掛けて弱みを更に突く。
「これかぁ、入り口!」
ラゼルが指差す。その先に、ひしゃげた鉄格子の残る空洞が見えた。
慎重に近付き、彼がランタンに火をつける。フィードも含めた二人が覗き込むと、奥から一匹の大きな狼が駆けてきていた。
「わっ!」
咄嗟に身を引く。狼は一行の中心へ飛び込み、後ろを向いていたハリーを押し倒す。
「待って! 噛まないでくれ!」
彼が懸命に迫る歯を手で追いやろうとする。揉みくちゃになったその状態では発砲するのも難しい。
一旦狼を蹴り上げようとフィードが駆け出した瞬間。
「今度は当てるぞ」
ラゼルが呟き、引き金を引いた。
弾は狼の頭を砕き、ハリーを傷付けることなく地面を抉った。
痙攣し、その狼が力を失う。倒れたそれは、群れのボスだろうか。薄気味悪い、紅い目をしている。しかし、フィードはそれと同じ色を何処かで見た気がしてならない。
「たす、助けて! 助けて!」
混乱するハリーが左手を宙に掲げ、その中指の先からは鮮血が滴っている。抵抗し、口を押さえた際に負傷したらしい。それを見た瞬間、ラゼルとアイゼンが動いた。
「こらあかん、指落とすで!」
「指を!? 待って!」
「早ようせな身体に回る!」
アイゼンはハリーを捕まえ、手早く傷付いた彼の指の第二関節近くを腸線できつく結ぶ。そして、布を敷いた地面に置いて柔らかい関節部分にナイフを当てる。
「身体押さえて、こっち見られへんようにしといたってくれ」
応じたラゼルが患者の全身を押さえる。身体が欠ける場面を見てしまうのは、今後の大きな心の傷になりかねない。
「ええか。一、二ぃ、三っ!」
覚悟をする間も無く、ナイフに体重をかけられる。
あっさりと指は手から切り離された。ハリーは痛みに泣きながら母を呼んでいる。
「死なせる訳にはいかんからな。指の一本、二本で生きてられるんなら儲けもんやと思ってくれ」
流れるような手つきで消毒と止血をし、アイゼンは鞄から注射器と小瓶を取り出す。
「モルヒネや。ちょっと横になっとき」
ラゼルと二人で詰襟を脱がせて右腕を露出させる。そして、小瓶から手にした注射器に吸われた薬剤がハリーの太い腕に注入される。
「狼たちがこれ以上来る様子は無い。匂いもしない。多分もう大丈夫だと思います」
辺りを嗅いだフィードは報告する。火薬と血の臭い以外に気配は無い。今の狼で最後だったらしい。
「先に中入っといてくれ。俺らは入り口を守りながらハリーの様子を見とく」
アイゼンはしゃがみ込み、ハリーの脈や瞳孔を確認している。もし彼が感染していれば、『眠らせてやる』必要がある。
ラゼルがランタンとマッチを手渡してくる。
「お前の鼻の良さなら行けるだろう。頼む」
「分かりました。行くぞ、アイラ!」
暗い穴へ、フィードは走る。そして相棒の容態に後ろ髪を引かれながら、アイラもその後に続いた。
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