時折、夢を見る。同じような夢。そしてそれは今日もまた彼女の元へと訪れる。

 気がつくとライカは木々に囲まれたあの家の出入り口に立っていて、小さな庭園には猫のルークが寝ている。

 玄関の重たい扉を開けると、香木の仄かな香りがした。

 屋内は漆喰と黒檀の白黒を基調として洗練された配色。吊り下げられたランプが無数のアーチを照らして陰影を作る。

 豪奢なポーレ風を嫌った曽祖父によるこの装飾は、訪れる者に力を見せつけるためのものではない。ただそこに在り続け、それでいて飽きの来ない、彼の血族が『住み続けるための家』だ。

 すがるような思いで階段を駆け上がる。走る先は廊下の右奥の扉。握ったドアノブは、この湿った土地でも丁寧に磨かれて錆一つ無い。

 扉を開けると、帳簿と睨み合う母が居た。生涯学び、知るを是とする父に付き従って彼同様に厳格な母は、常に眉を寄せて何かを考えているような表情だった。きっとその愛想の悪さは、娘へと見事に受け継がれたのだろう。

 母はこちらを見て僅かに、少しばつが悪そうに微笑む。

 前触れ無く、風景は厨房に変わる。

 ミオとレイオ。幼いライカよりも少し年上の二人の若い使用人が忙しなく動く。作業台の上には、長く伸びた蓮の根、乾燥させたベリー、湖で獲れた魚、羽根を毟った水鳥。

 スキレットの中でとろけた芋とチーズや、ディルなどの香草、焼き上がったパンの匂いが鼻腔をくすぐる。

 二人がライカに気付き、揃って喜色を浮かべて嬌声を上げる。そして調理の手を止めてこちらに駆け寄ってくる。

 また場所が変わる。石畳の地下研究室だ。太い書籍を引く兄と、片眼鏡を顔に押し付けながら刻んだ死体を覗き込む父の姿。

 これは夢だ、ようやく理解する。彼らはもう全て、この世界の何処にも居ないのだ。

 それでも、手を伸ばす。その手がどこに触れる訳でも無かったとしても。

 あと少し。そう願っても、頭が夢を夢と認識した途端に光景は崩れていく。


 柔らかな寝床と、汗で額にへばりついた前髪の感触。

 そっと、目を開く。夜の闇に閉ざされた自室。静寂は重くのしかかり、薬草の穏やかな香りがライカの心をむしろ酷く波立たせる。

 放心したまま上体を起こすと、涙が頬を伝った。

「なんでだろうな……」

 喉奥から、掠れた声が溢れた。何で泣いているのだろう。どうしてこうなってしまったのだろう。自分の力ではどうしようもなかった過去、もう取り戻せない日々が今日も彼女を苛む。

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