六、岐路

 遠くの空で一瞬だけ何かが光った。


 光ったのは新拠点の厳重警戒圏を移動しているヘルキャットの後方。


 運転中の飛雄馬は気付かなかったが、ヘルキャットの全周を監視している車両防護システムがその光を異常として検知し、脅威度を評価して、迎撃用メーザーを作動させたり、警報を出したりするほどではないと判断した上で、飛雄馬に通知した。


 ヘッドマウントディスプレイに出た表示とヘッドホンからの通知音で通知を受け取った飛雄馬は、その光が写った映像を運転の邪魔にならない位置に表示して確認する。


 夜のないこの世界で星が見えることはまずないのだから、光ったのは何らかの飛行物体に違いなかった。


 飛雄馬は何が光ったのか気になってセンサーマストを向けて高解像度の映像を取得し、表示させていた映像に替えて表示させた。


 大気中の砂塵などの影響で分かりづらいが、単独で飛ぶ固定翼無人機のようだった。ヘルキャットから見て右に旋回していて、機体が傾いたときに真上からの日差しを反射して一瞬だけ光ったらしい。


(あの辺に新拠点の無人機なんて飛んでたっすか?)


 新拠点の周辺を監視している小型の固定翼無人機なら違う方向を編隊で飛んでいるはずだし、ヘルキャットに先行して調査をする小型の無人機ならもっと近くの低空を飛んでいるはずだった。


 飛雄馬は引っかかるものを感じて情報を共有しているお嬢に通話をつないだ。


「お嬢、ヘルキャットから報告。飛行中の固定翼無人機を発見したっす。どこの所属か分かるっすか?」

「確認するからちょっと待って」

「了解っす」

「……公開されている飛行情報で該当するものは二件。町の交通管制とハンターのパーティーが一件ずつだけど、映像ではどちらの機体か確認できない」

「了解っす。どちらの機体でもない可能性はあると思うっすか?」

「念のため町の交通管制にも情報共有しておきましょう。万が一強欲ネットやモンスターの機体だったら大変だしね」

「追跡するっすか?」

「距離があって無理だから止めて。今もヘルキャットから遠ざかってる訳だから、追跡してもすぐに見失うって。

 第一、飛雄馬はこれから新拠点に戻って休息でしょ。気になるのは分からないでもないけど、そっちを優先してちょうだい」

「了解っす」

「だけど、新拠点の周りもだいぶ賑やかになったよね。この前はデイノニクスの群れがいることを聞きつけてハンターが来てたし、この調子だと新拠点が完成したらすぐにお客が付きそう」

「そうっすね。オレも今日だけでデイノニクスの群れとテッカドン、トゲザブトンの群れを確認したっす」

「リーダーに防御施設だけじゃなく宿泊施設と商業施設の建設も急ぐように言っとかないとダメね。

 飛雄馬も気を付けて戻ってきてちょうだい」

「了解っす」


 飛雄馬が返事をしてすぐにお嬢が通話を終了した。お嬢は飛雄馬と違って飛雄馬が発見した無人機をほとんど気にしていないようだった。


(もう少し気にしてくれても良いんじゃないっすか?)


 飛雄馬は運転を続けながらお嬢の態度に不満を感じた。


 直接の脅威ではなく、町の交通管制と情報共有することぐらいしかできないとしても、所属不明の無人機が飛んでいるのだ。ヘルキャットによる追跡が無理だとしたら、小型無人機を向かわせるなり、今までの映像を確認して情報収集するなりしてくれても良いのに、お嬢は軽く考えすぎではないかと思った。


 でも、その一方で、あの割り切りが仕事の量と責任に押しつぶされないために大切なことなのかもしれないとも思った。


 考えてみれば、自動車整備工場で働いていたときの飛雄馬は自分が直接任されている以外の仕事であっても、間接的に関わっているとか、自分の仕事に影響があるかもしれないとか、成長できるとか、様々な理由で引き受けてしまうところがあった。

 十分余裕があるなら良いことでも、長時間の残業をしたり、睡眠時間を削ったりしてまで引き受けるのは明らかに良いことではなかった。引き受けたことで余裕があると思われて、余計に仕事を割り当てられたことさえあった。


 今もたった六人で新拠点の建設と周辺の警備をしていて、建設計画を守るためには余裕があるとはとても言えない。一番仕事の少ない飛雄馬でさえ、計画にない仕事を新たに引き受けるためには休息時間を削るしかないくらいだった。


(……過労死する前と同じことをまた繰り返そうとしてたってことっすよね)


 飛雄馬はお嬢に間接的に守られていたことに気付いて反省した。仕事に押しつぶされたくないからとミカの誘いを断ろうとするくらい警戒していながら、自分でそのきっかけを作ろうとしていたことにまったく気が付いてなかった。


 この世界で二度目の人生を始めるにあたって、過労死を絶対に繰り返してはいけないと強く反省して気を付けているつもりだったが、一年経ってもまだ簡単に限度を無視して仕事を増やそうとしてしまうことを思い知らされた。


「慣れるにはまだ時間がかかりそうっす」


 飛雄馬がつぶやいたときにはお嬢の態度への不満は完全になくなっていた。


 そして、落ち込みながら反省しているうちに仕事の量を増やそうとしていることがもう一つあったことを飛雄馬は思い出した。


 新拠点の建設が進んで飛雄馬以外の仲間たちが新拠点に住居を移すことが決まり、役割まで減ったらシーダーにいられる理由がなくなってしまうと恐れた飛雄馬が無理に引き受けようとしている仕事だった。飛雄馬は何とかこなせると考えていたものの、休みを削ることを前提にしているため、過労死したくないなら割り切るべきだった。


 飛雄馬はヘッドマウントディスプレイに映る車外の映像を黙ってしばらく見詰めながら運転して、リーダーに通話をつないだ。


「リーダー、飛雄馬から連絡。このあと少し話をする時間を作ってほしいんすけど」

「了解。こちらはいつでも大丈夫だから、飛雄馬の都合が良いときに来てくれ」

「了解っす」

「それと、今日も長時間ありがとう。飛雄馬が新拠点に近付くモンスターなどに適切に対処してくれるおかげで安心して建設を行える」

「こっちこそ、リーダーがいてくれるおかげで安心して対処できるっす」

「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ。

 こちらのことは気にしないで気を付けて戻ってきてくれ」

「了解っす」


 リーダーに用件を伝え終えた飛雄馬は、大きな仕事をやり遂げた気持ちでリーダーとの通話を終えた。


 大きく息を吐いて、気持ちを引き締め直す。


 ヘルキャットは新拠点を囲む堀のすぐ近くまで戻っていて、飛雄馬は柵の門に向かうためにハンドルを回した。




 新拠点の地下施設にある整備エリアにヘルキャットを止めた飛雄馬は、ヘルキャットの最低限の点検と整備をすませ、リーダーの部屋へ向かった。防御施設の建設を優先しているため、シーダーの生活場所もまだ地下施設の中にあった。


(緊張するっす)


 飛雄馬は歩きながら手ぐしで髪を整え、つなぎの作業着にしわが寄っていないか確認する。


 向かう途中に連絡した際、リーダーから食事などをすませてからで良いと言われていたが、飛雄馬は少しでも休んでしまうとリーダーに話す覚悟が消えてしまう気がして断っていた。


 元々飛雄馬が無理に引き受けようとしていた仕事の申し出を撤回するだけなので、撤回できないかもしれないとは思っていない。

 また、リーダーには心配されてよく考えてから引き受けるようにと注意されたくらいなので、しかられる心配もしていない。

 ただ、自分からシーダーにいられる理由を弱くしてしまうことがつらかった。


 考えているうちにリーダーの部屋の扉の前に到着して、飛雄馬は共通通訳機を使ってリーダーに到着を告げた。


「リーダー、飛雄馬です」

「今開ける」


 すぐにリーダーから返事があって、扉が横に開いた。


 リーダーは大型の種族に合わせた、シャワー、トイレ、キッチン完備の広いワンルームの奥にいるようで、入り口からは姿が見えなかった。


「失礼します」

「靴は扉の内側で脱いでくれ」

「了解っす」


 飛雄馬が言われたとおりに作業靴を脱いでいると、ワンルームの奥からリーダーが姿を見せた。


 リーダーは基本的に服を着ない種族であるため、外見からくつろいでいるところだったのか、仕事をしているところだったのかを判断できなかったが、部屋の雰囲気から仕事中だったようだ。


「忙しいところありがとうっす」

「気にするな。

 それより、食事を先にしなくて本当に良かったのか? 好みのものは出せないが、軽いものなら出せるぞ?」

「お願いしたのはこっちっすから気にしないでほしいっす」

「分かった。イスを用意させたから使ってくれ」


 通路の奥の部屋に飛雄馬を案内したリーダーは、片側の上の腕でテニスの審判台のようなイスを示した。飛雄馬が訪ねてくるということで作業用ロボットにわざわざ用意させてくれたようだった。


 飛雄馬は感謝してイスに上って座り、リーダーは向かい合うように床に作られた寝床に腰を下ろした。リーダーの種族は機能性に優れた毛皮があるため、掛け布団のような寝具は使わないらしかった。


 リーダーが腰を落ち着けてから、飛雄馬は真剣な表情で話を切り出した。


「この間リーダーにお願いした、オレ以外のみんなが新拠点に引っ越してからの町との間の護衛の件について、謝りに来たっす」

「あのよく考えるように言った件についてだな。謝りに来たということはどういうことだ?」

「あのときは引き受けるつもりで申し出たっすが、考え直して撤回することにしたっす」

「そうか。理由を聞いても良いか?」

「引き受けるために休みを削ることを軽く考えてたっす。元の世界で過労死したのに、また同じことを始めるところだったっす」

「そういうことなら安心した。自分で気が付いてくれて良かった」

「リーダーには手間をかけさせて申し訳ないっす」

「気にするな。こっちもあのときうまく説明できなくてすまなかった。労務管理に詳しい先生かばあやに入ってもらうべきだったと反省している」

「そんなことないっす。オレの方こそ気付かせてくれてありがとうっす。自分で気付く前に言われていたら、自分に才能がないからだといじけてもっと無理をしようとしてたに違いないっす」

「ありがとう」

「それはこっちのセリフっす」


 飛雄馬とリーダーは互いに競うように頭を下げた。


 頭を下げながら、飛雄馬は自分で自分の居場所を壊しているようで胸が苦しかったが、正しいことをしているのだと自分に強く言い聞かせた。


 リーダーが頭を上げたのに続いて飛雄馬も頭を上げ、改めて真剣な表情でリーダーに向き合った。


「今後のことについてなんすけど、オレだけ町に残ってもヘルキャットの運転手は続けたいっす」

「もちろんだ。飛雄馬に辞めてもらうつもりはない。ただ、ヘルキャットの運転手は増員して、交代しながらやってもらうことにはなると思う」

「ヘルキャットでの仕事は減るっすか?」

「増員するメンバーと、飛雄馬しだいだな。移籍するかどうか決断できたか?」

「……移籍する方向で考えてるっす」

「それなら、師匠が一人で担当している作業用ロボットや無人機などの点検と整備の一部を出張修理として依頼して、その間に飛雄馬にヘルキャットに乗ってもらおう。飛雄馬がヘルキャットに乗る量はその契約しだいだな」


 座っていてもイスを使っている飛雄馬よりいくらか視点が高いリーダーが飛雄馬を見下ろす。


 飛雄馬はリーダーから移籍について聞かれたときに一瞬だけ目をそらせてしまったものの、なんとか目を見て答えることができた。


「了解っす。ミカにできるだけ長く契約してくれるように頼んでみるっす」

「そうしてくれ。ここを拠点の一つとして使ってくれるとさらにありがたい」

「伝えておくっす」

「よろしく頼む。

 しつこく自立を促しておいてなんだが、信頼できる仲間が見付かって良かったな」


 座っていたリーダーが身を乗り出し、飛雄馬の片側の肩に上の腕の爪を一本軽く乗せた。体格が違いすぎるため、肩に手を置くことの代わりらしかった。


 リーダーはそのまま飛雄馬のすぐ近くで言葉を続ける。


「俺は飛雄馬が信頼できる仲間を見付けられたことをうれしく思う。

 移籍したら関係は変わるが、つながりがなくなる訳じゃない。何かあったらいつでも相談してくれ。それまでもよろしく頼むぞ」


 言い終わったリーダーが立ち上がって、飛雄馬も少し遅れてイスから下りるために立ち上がった。


「こっちこそよろしくお願いするっす。

 今日も本当にありがとうございましたっす」

「このあとは食事を楽しんでゆっくり休んでくれ。

 明日から警戒を強化するぞ。お嬢から今入った連絡によると、飛雄馬の発見した無人機が町で撃墜されたそうだ」


 飛雄馬は驚いてリーダーの顔を見ようとしたが、すでにリーダーはお嬢と通話するために体の向きを変えていて、リーダーの顔を見ることはできなかった。


 あの無人機は本当に強欲ネットかモンスターの機体だったらしい。


 リーダーに詳しく聞くことをあきらめた飛雄馬がイスを下りると、飛雄馬のヘッドマウントディスプレイにもお嬢からメッセージが届いた表示が出て、骨伝導イヤホンから通知音が聞こえた。

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