一、ひさびさの仕事

 フサリアに限らないが、戦車の整備には手間がかかる。


 町に戻ったら町の入り口で大まかに土や砂を吹き飛ばして落とし、整備工場の建物の外でも、起動輪や転輪、誘導輪、サスペンション、車体の隙間などに入り込んだ土や砂、小石、土ぼこりを丁寧に吹き飛ばして落とす。その上で整備工場の建物に入れたら、今度はサイドスカートを外して履帯や転輪などの磨耗や破損の状態を一つ一つ確認していく。


 自己診断システムや点検用の超小型ロボットを使えば一人で点検できるくらい省力化や自動化がされていたし、傷むなどした部品の交換もアシストスーツや作業ロボットを使うことで負担が大幅に軽減されていたが、それでもヘルキャットと比べて作業量がはるかに多かった。


(ヘルキャットにサイドスカートはないし、車輪だって片側だけでヘルキャットより多いっすしね)


 半年前はうれしくて楽しくて時間を忘れるくらいだったことを思い出しながら、飛雄馬は超小型ロボットから送られてくるデータをヘッドマウントディスプレイに表示して確認し、自身でも慣れた手つきで目の前にある転輪のゴムの傷や減り具合を確認した。


 続いて転輪を車軸に固定しているボルトがゆるんでいないかハンマーで叩いて確かめていると、飛雄馬はシーダーのリーダーから共通通訳機越しに声をかけられた。


「作業中にすまないが、これから少し時間をもらえないか?」

「良いっすけど、リーダーが来るなんて珍しいっすね」


 作業を中断した飛雄馬は立ち上がりながら首にかけたタオルで汗を拭き、リーダーを振り返った。


 リーダーは飛雄馬や整備工場のほかの従業員の作業の邪魔にならないように建物の外に立っていた。

 今日はヘッドマウントディスプレイを兼ねたサングラスに共通通訳機という最低限の持ち物のほかに、地球の陣羽織に似た上着を羽織り、地球のブーニーハットに似たカーキ色の帽子を被っている。リーダー自身の爪を除けば武器を一切身に着けていないことから、買い出し当番として町の中を回っていたようだ。


「どうぞ入ってください」

「ありがとう」

「上の応接室の方がいいっすね」

「頼む」

「妖精さん、今から一時間くらい応接室を使えるっすか?」

「はい、大丈夫です。整えておきますね」

「それと、お茶を出してもらいたいんすけど。できれば冷たい奴」

「分かりました。お二人が応接室に入られたらお持ちしますね」

「ありがとうっす。

 先輩、ちょっとリーダーと上で話してくるっす」

「了解」


 整備工場で雑務を担当しているAIである「妖精」に確認してから隣で別の車両を修理している先輩たちに共通通訳機をつかって声をかけ、飛雄馬はまだ手にしていたハンマーを腰のベルトに戻した。


 リーダーがわざわざ来るということは次の仕事が決まったのかもしれない。飛雄馬はリーダーたちと一緒に仕事をできるかもしれないという期待でリーダーをスロープに案内する足が弾んだ。


 というのも、飛雄馬は整備工場に出向してからリーダーたちとあまり仕事をしていなかった。

 リーダーたちは半年前のエルダーの差し入れを見付けた件で最終的にエルダーの差し入れがあった地下施設とその入り口付近を開発する権利をほぼ無償で手に入れたため、貯めていた資金と分配金を使い、できるだけ早く恒久的な拠点にしようと資機材の輸送や建設で忙しくしていたこともあって、戦車の費用を稼がなければならない飛雄馬に向いた仕事がなかなかなかったのだった。


「リーダー、新しい拠点の名前はもう決まったっすか?」

「いや、まだだ。飛雄馬は何か考えているのか?」

「オレは考えてないっす。ただ、パーティーに『シーダー』って名前を付けたリーダーたちならどんな名前を付けるのかなって思って」

「そう言われると安易な名前は付けられないな。今のところ、シーダーと関係する名前にしようという点では一致している」

「楽しみっすね」

「そうだな」


 上着を脱いで片側の下の腕に掛けながら、リーダーが飛雄馬の後ろでうなずいた。


 どこに強欲ネットにつながる盗聴器があるか分からない町中では対策がされた場所以外で重要な話をできなかったが、飛雄馬はリーダーとほかにも雑談をしながら上の階にある応接室にリーダーを通した。


 リーダーのように体が大きな種族にも窮屈な思いをさせないようにかなり大きく作られた応接室は妖精によって整えられ、清潔なテーブルクロスをかけられたテーブルを挟むように、リーダーが座るための大きなクッションと飛雄馬がリーダーと顔を合わせやすいように背の高いイスが用意されていた。


 飛雄馬はリーダーに座るように勧めてから自分もイスに腰を下ろした。妖精が作業用ロボットを使ってすぐに二人に茶を運んできて、座っている二人がそれぞれ使いやすい高さに調節されたテーブルに置いた。飛雄馬に出された茶は、ガラス製の大きめのコップにたっぷりと入った冷たい麦茶だった。


「妖精さん、ありがとう」

「おかわりが必要でしたらいつでも呼んでください」

「了解っす。

 リーダーもどうぞ飲んでください。リーダーも暑かったでしょう」

「ありがとう。遠慮なくいただこう」


 二人は冷たい茶を飲んで体を休めてから、改めて口を開いた。


「リーダー、次の仕事に参加させてくれるんすね?」

「そうだ。次の仕事も買い付けた資機材の輸送と新拠点の建設だが、飛雄馬にも護衛として参加してもらいたい」

「強欲ネットの報復っすか?」

「それも警戒していない訳ではないが、今警戒しているのはモンスターだ。新拠点の周辺でデイノニクスの群れが確認された。情報を共有するから確認してほしい」

「了解っす」


 ヘッドマウントディスプレイに情報が共有されたことを知らせる表示が出て、飛雄馬は音声操作でリーダーから共有された映像と三次元地図を表示する。映像は確認されたデイノニクスの群れを撮影したもの、三次元地図はその確認された場所を記録したもので、今もドローンによる監視が行われているらしく、生中継の映像もあった。


 その生中継の映像によると、デイノニクスの群れは二十頭近くいて、仕留めた動物を食べているところのようだ。数頭が群がっているために何を食べているのかまでは分からないが、それなりの大きさがあるようだった。


「……デイノニクスっすか」


 飛雄馬は顔を青い血で汚しながら食事をするデイノニクスたちを見ながら無意識につぶやいた。エルダーが人だけでなく動植物などの情報も宇宙の各地から集めて再現していることは知っていたし、走ったり、集まったりしているところを遠くから直接見たこともあったが、食事中の様子を見るのは初めてだった。


「やっぱりモンスターっすね」

「そうだな。地球の絶滅した古生物で、比較的知能が高く、集団で狩りをする中型モンスターだ。今のところ一七頭確認されている。装甲車に乗っている限り脅威ではないが、体を乗り出したり、下車したりしているときに襲われると危険だ。あの爪にやられれば俺や先生もさすがにただではすまないし、飛雄馬、師匠、お嬢、ばあやなら即死だろう。

 そのデイノニクスの群れが共通時間で一二日前から新拠点の周辺で確認されるようになった。今までのところ接近してきたことはないが、今後の動きしだいでは建設作業が妨害される恐れがある」

「柵はまだ完成してないんでしたっけ?」

「最優先で建設しているから、主に車両や飛び跳ねない動物を防ぐための背の低い柵なら完成している。ただ、この柵と鉄条網だけでは跳ぶ力が強いデイノニクスを防ぐには心もとない。さらに内側に建設中のより高さのある柵ならデイノニクスに対抗できるはずだが、こちらは完成にまだ時間がかかるというのが現状だ。詳しくは先ほど共有した情報の資料を見てほしい」


 リーダーに促されて、飛雄馬は音声操作でデイノニクスの映像を消し、建設中の新拠点の防備や警備状況が分かる資料をヘッドマウントディスプレイに表示した。

 柵や鉄条網の状態や配置が分かる三次元地図や構造が分かる図面、警備に使われているセンサーやロボットのリストや性能を確認できる資料が並んで、いくら同じパーティーのメンバーとはいえ、新拠点のメンバーではない飛雄馬にここまで見せて良いのかと少し心配になるくらいだった。


 飛雄馬は必要以上に見てしまわないように気を付けながら資料を確認した。


「相手がデイノニクスの群れでなければって感じっすね。完成している柵と鉄条網だけでテッカドンも止められそうっす」

「ありがとう。強欲ネットの報復まで考えれば防備をおろそかにできないからな」

「町を造るって大変なんすね」


 飛雄馬は視界をふさいでリーダーが見えなくなるくらいだった資料を音声操作で消した。拠点に必要な施設や設備を考えて整えるだけでも大変なのに、防備についてもここまで準備しなければならないのかと思うと気が遠くなりそうだった。


 自分には向いてなさそうな町造りについてこれ以上考えることをあきらめて、飛雄馬は自分が頼まれている役割に意識を戻した。


「護衛は建設中の柵が完成するまでっすか? それとも、デイノニクスの群れを全滅させるか、周辺からいなくなったと確認するまでっすか?」

「そのどちらでもなくて、俺たちが新拠点に滞在して町に戻ってくるまで頼む。滞在中に柵は完成しないし、退治するとか追い払うとか、こちらから積極的に何かするつもりもない。人に被害が出ず、こちらに気付かないでくれることが一番だからな」

「了解っす。建設作業に集中できるように、そして、安心して帰ってこられるように全力で護衛するっす」

「ありがとう。無人運転のヘルキャットでは駆け引きのような柔軟な判断が難しかったし、俺が警備に専念すると建設の人手が足らなくなって完成が遅れるところだったから助かる」

「水くさいっす。オレもシーダーのメンバーなんすから当然っす」


 飛雄馬は忘れないでほしいとばかりにシーダーのメンバーであることを強調した。飛雄馬がシーダーに所属して一年が経ち、シーダーの仲間たちは飛雄馬との会話にさりげなくシーダーからの自立を促す話を加えるようになっていた。

 追い出しなどではなく、せっかくの第二の人生をシーダーという小さな世界で終わらせるのはもったいないという親切心からであることは理解できるようになっていたものの、自分はまだ半人前を脱したばかりと判断している飛雄馬にシーダーから自立するつもりはなかった。


「乗っていくのはフサリアとヘルキャットのどっちが良いっすか? 小型の固定翼無人機を使える分、警備にはフサリアの方が便利っすけど」

「対象がデイノニクスであるし、補給と整備の負担や費用の点からヘルキャットで頼む。空からの監視はお嬢とばあやに担当してもらう」

「了解っす。

 町に戻ってくるまでの期間はどれくらいっすか?」

「共通時間で十日を予定している」

「フサリアの費用にあてる分の手当ての上乗せはあるっすか?」

「もちろん支払う。その点は飛雄馬がフサリアを持つときに交わした契約を守るから安心してほしい」

「ありがとうっす。

 出発日はもう決まってるっすか?」

「まだ決まっていないが、数日以内に出発できるはずだ。発注した資機材がそろいしだい出発する」

「了解っす。ミカと親方にも伝えておくっす」


 リーダーに会話の主導権をとられないように質問を続けて、飛雄馬はリーダーに仕事以外の話をさせずに会話を終えた。妖精に確認した時間には少し早かったが、ちょうど良い時間でもあった。


「リーダー、時間は大丈夫っすか? 買い出し当番の途中なんじゃないっすか?」

「もうそんな時間か。飛雄馬にも仕事中に時間をとらせてしまってすまなかったな。冷たい茶もありがとう」

「これくらいなんでもないっす。リーダーこそ忘れ物はないっすか?」

「この上着だけだから大丈夫だ」

「日除けと暑さ除けでしたっけ?」

「この辺は暑いし日差しも強いからな。飛雄馬は大丈夫か?」

「ここは湿気がないから日差しに気を付ければ大丈夫っす」

「湿気か……。傭兵時代に行った海沿いの町は湿気と暑さが組み合わさってきつかった」


 先に立ち上がって扉に向かう飛雄馬に、リーダーも立ち上がって脇に置いていた上着を片側の下の腕に掛けながらつぶやいた。リーダーたちが会話にシーダーからの自立を促す話を混ぜるようになってから、飛雄馬はこの世界にも海や山があることを知るようになっていた。


 でも、飛雄馬は気付かない振りをして応接室の扉を開けた。


「海は子供のころに行ったきりっすね。就職してからはさっぱりっす。サーフィンが趣味で時々海に行ってる同僚はいたっすけど、あのころはこんな外国の荒野みたいな場所に来るとは思ってなかったから今も毎日が新鮮っす」

「……そうか。大丈夫だったら良い。

 あとで俺からも連絡するが、飛雄馬からも親方とミカによろしく伝えておいてほしい。二人も考えている予定があったろうからな」

「了解っす」


 飛雄馬はリーダーに続いて応接室を出た。


「妖精さん、終わったから応接室を片付けてほしいっす」

「分かりました」


 天井を見上げて妖精に頼んだ飛雄馬がリーダーに向き直ると、リーダーはスロープを先に下り始めていた。


「リーダー、速いっす」


 飛雄馬は駆け足にならないくらいの早足でリーダーを追いかけて、建物の外までリーダーを見送った。

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