二、警備
地下施設の出入り口近くの通路をふさぐように設置された仮の門の無骨な金属製の扉が左右にゆっくりと開いて、その間から飛雄馬の乗ったヘルキャットが出てくる。
門は大型トラックがぎりぎりすれ違えられるくらいの幅で、高さもヘルキャットのアンテナが引っ掛からないくらいしかなく、その周囲はコンクリートの壁と大型の土嚢で厚く守られていた。
まるで土木工事現場にも思える門を低速で通過したヘルキャットは、通路の天井に設置された照明に照らされながら静かに進んだ。
半年前の飛雄馬だったら「秘密の地下施設からの発進だ」「まるで映画のようだ」と興奮したに違いないが、シーダーの仲間たちから自立を促されるくらいこの世界にも慣れた飛雄馬はいつもと変わらない気軽な態度でハンドルを握っていた。
ヘルキャットは車両や飛び跳ねない動物を対象にした障害物の間を滑らかに左右に曲がって通り抜け、少しだけ速度を上げて地下施設をあとにした。
ヘッドマウントディスプレイの視界が明るく、広くなって、飛雄馬は通信担当のお嬢と通話で状況の確認を始めた。
「お嬢、ヘルキャットから報告。地下施設の門を通過したっす。柵の門に向かってるけど、判断に変更はないっすね?」
「状況を了解した。報告と質問を一緒にするな。判断に変更なし。ヘルキャットはデイノニクスの群れと新拠点の中間地点まで砂塵をできるだけ巻き上げないように低速で進出し、デイノニクスの群れのさらなる接近を警戒せよ」
「了解。デイノニクスの群れと新拠点の中間地点まで低速で進出してデイノニクスの群れのさらなる接近を警戒するっす」
しかられても堪えてない様子で飛雄馬はお嬢からの指示を復唱し、新拠点内の景色に意識を移した。
新拠点で完成している施設はまだ通信用アンテナとセンサーを設置するために3Dプリンターで製造したコンクリートの部材をつないで造った塔しかなく、荒野を四角く囲った広大な敷地に、砂利や砂、コンクリートの製造プラントと建設用の大型3Dプリンター、柵に使う柱などを量産するための専用工作機械などが稼働し、資機材の運搬や積み下ろし、建設中の柵の基礎となる穴掘りなどを行う様々な大きさの作業用ロボットが動き回っている景色からすべて完成したところを想像することは難しかった。
でも、到着したときにどこにどんな施設を建設する予定であるかをたっぷり聞かされていた飛雄馬は、この新拠点がリーダーたちの夢であり、未来であることを十分理解していた。
今、デイノニクスの群れは新拠点の周囲に設定された厳重警戒圏にまで入り込んでしまっている。
ここまで入り込まれてしまうと襲撃されたときに安全に避難できない可能性が出てくるため、リーダーたちは地下施設の外で建設作業を行えない。高さのある柵の建設にはリーダーと先生による作業が必須とのことだったから、その分完成が遅れてしまう。
(モンスターに邪魔はさせないっす)
ヘルキャットがデイノニクスの群れとの中間地点に進出して襲撃を防げるようになれば、リーダーたちは地下施設の外に出られることになっていた。飛雄馬はデイノニクスたちの興味を引くほど砂塵を巻き上げないように気を付けながら、ヘルキャットをできるだけ急がせた。
道路に予定されているところを走っても柵の門にはすぐに到着し、飛雄馬は遠隔操作で金属の柵でできた扉を開けてもらった。
ヘルキャットの薄暗い運転席でヘッドマウントディスプレイ越しに扉を見ていた飛雄馬の目の前に何もない荒野の映像が広がったが、わずかにある起伏のためにデイノニクスの群れはまだ見えなかった。
「行ってくるっす」
「行ってらっしゃい」
門を通過するときにお嬢と再び通話で言葉を交わして、飛雄馬は減速させていたヘルキャットを再び加速させた。
飛雄馬はヘルキャットをデイノニクスの群れとの中間地点に向けて走らせながら、音声操作でヘッドマウントディスプレイにデイノニクスの群れの位置を記録した三次元地図を表示した。
デイノニクスの群れはシーダーの車列に振り切られて動きを止めた地点からほとんど動いていなかった。ほかの車両や動物に出会うなど、群れの興味を引くものがほかにもあればここまで入り込まれることはなかったかもしれないが、今回は運が悪かったとしか言いようがなかった。
(ドローンじゃあんまりおとりにならないし、使い捨てにしたら赤字っすからね)
車列がデイノニクスの群れに追跡されているときに、師匠に聞いたり、お嬢から聞かされたりして、飛雄馬はこの地域にいるデイノニクスは巻き上がる砂塵でえさにする中型や大型の動物を探しているため、砂塵を巻き上げるくらい大型のドローンでないと興味を引きにくいこと、同種の鳴き声や悲鳴を聞かせても音だけでは群れ全体の行動を変えられないことを知った。
退治したあとの死体がほかのモンスターを呼び寄せてしまう可能性や空いた縄張りを埋めるためにほかの群れが集まってきてしまう可能性がなければさっさと退治してしまいたいくらいだったが、飛雄馬はリーダーに言われたことを思い出して我慢した。リーダーが言っていたように、デイノニクスの群れが新拠点に気付かないでくれるのが一番だった。
飛雄馬は三次元地図を視線操作で縮小して運転の邪魔にならない場所へ移動させ、運転に意識を集中した。
中間地点までは共通時間で十分くらいかかった。
到着した飛雄馬は地下施設を出発する前に調べておいたとおりに付近にある起伏や岩石を使ってデイノニクスの群れから見付かりにくく、警戒しやすい場所にヘルキャットを止めた。
すぐに誤操作で動いてしまわないように駐車ブレーキをかけて車体を固定し、砲塔をデイノニクスの群れに向け、観測精度を上げるために予備のセンサーマストも使って警戒する準備を整えると、お嬢に通話をつないで報告する。
「お嬢、ヘルキャットから報告。中間地点に到着した。これからデイノニクスの群れのさらなる接近を警戒するっす」
「了解。こちらもヘルキャットからの情報を利用した監視を開始した。随時休憩を取りながら警戒せよ」
「了解っす」
警戒が長時間になることも予想して、飛雄馬は楽な姿勢になろうと座席を後ろにずらして音声をヘッドホンから車内のスピーカーに切り替え、ヘッドホンを外した。報告だけでは話し足りなかったので通話はつないだままだった。
「お嬢、リーダーと先生は出発したっすか?」
「もう出発してるよ。二人とつなごっか?」
「二人の邪魔になるから遠慮しとくっす」
「分かった。二人の様子は塔からの映像で確認できるから、気になったら見てちょうだい」
「ありがとうっす」
飛雄馬はお嬢の気遣いに素直に感謝した。
そして、早速塔からの映像を音声操作でヘッドマウントディスプレイに表示して視線操作でデイノニクスの群れの拡大映像と並べ、二人の様子がよく分かるように拡大すると、二人はそれぞれ高さのある柵の建設現場に到着して、すでに作業を行っていた中型の作業用ロボットやクレーンを使って柱を立てる作業を始めたところだった。
「二人とも手慣れた感じっすね」
「リーダーも先生も体が大きいから、現場で土木作業を期待されることが多かったそうよ。簡単な土木工事ならロボットを使わなくてもできるって言ってた」
「すごいっすね。オレももっと体を鍛えた方が良さそうっす」
「がんばりなさい。できることが多くて悩むことはあっても、困ることはないんだから」
「了解っす。話に付き合ってくれてありがとうっす」
自分の力こぶを指で押して確かめながら飛雄馬はお嬢の激励に感謝し、通話を終えた。飛雄馬が見ている二人の映像では、リーダーが担当している現場で一本目の柱が立ち上がり始め、先生が担当している現場でもそろそろ一本目が立ち上がりそうだった。
お嬢との通話を終えたあとも、飛雄馬が二人の様子を見ながら、群れて休んでいるだけで変化の少ないデイノニクスの群れの動きを警戒していると、一頭のデイノニクスが何かに気付いた様子で頭を高く上げて空を見上げた。
(……ドローン?)
デイノニクスの視線の先には、新拠点の周囲を旋回して周辺を監視している小型の固定翼無人機の編隊がいた。
かなり距離があって点にしか見えないだろうに、気が付いた個体はかなり目が良いようだ。
飛雄馬はセンサーマストを再びデイノニクスの群れに向けて、まだ空を見上げている個体に注目した。視線操作で拡大映像をさらに拡大すると首の羽毛の一部が寝ぐせのように乱れていたので「寝ぐせ」と呼んで観察することにした。今のところ小型無人機に気付いているのは寝ぐせだけのようだった。
音声操作で寝ぐせの映像を二人の映像と入れ替えて表示し、小型無人機を見上げ続けている寝ぐせを観察する。
首の羽毛の一部の乱れ以外に目立つ外見上の特徴はないように見える。体格も全身を覆う羽毛の色や柄もほかの個体と特に変わらない。音声操作で寝ぐせが小型無人機に気付くまでの映像を表示して確認してみても、行動もほかの個体と特に変わらなかった。
(なんで寝ぐせだけ気付いたんすかね?)
ほかの個体より目が良いとしても、点にしか見えないだろうものを気にする理由が不明だった。
たかってくる虫を気にするのなら分かるし、狩りの対象や天敵であるというのであれば分からなくもない。でも、小型無人機は寝ぐせにたかっている訳ではないし、デイノニクスが空を飛んでいる生き物を狩りの対象にできるとも思えない。また、荒野にデイノニクスくらいの大きさの生き物を狩ることができるような空を飛ぶ生き物が存在するとは聞いたことがなかった。
飛雄馬がほかの可能性も考えている間に、寝ぐせにつられたように周囲にいる数頭のデイノニクスも空を見上げ始めた。
(武装したドローンに攻撃されたことでもあったんすかね? そうであれば点にしか見えないくらいでも警戒するのは分かるし、下手に動こうとしないで見付かりにくくするのも分からなくもないっす)
デイノニクスを武装したドローンを使って退治することもないわけではなかったから、飛雄馬はこの可能性にひとまず納得した。
疑問を片付けた飛雄馬がデイノニクスの群れに意識を戻すと、いつの間にか大半のデイノニクスが空を見上げていた。
飛雄馬が異常に気付くより先に寝ぐせと二頭のデイノニクスが小型無人機に向かって走り始める。
「な、何でっすか!?」
驚いた飛雄馬は慌てて座席を元に戻してヘッドホンを付け、音声をヘッドホンに切り替えた。
寝ぐせが小型無人機を武装したドローンと思っているのなら、小型無人機の反対側、厳重警戒圏の外側へ向かって走るはずだった。
でも、実際にはデイノニクスの群れ全体が小型無人機と新拠点に向かって走っている。
飛雄馬は駐車ブレーキを解除してヘルキャットをいつでも動かせるようにし、多目的ディスプレイのボタンを素早く叩いて主砲と同軸機銃を発砲できるように準備した。
「お嬢、ヘルキャットから報告。デイノニクスの群れが新拠点に向かって走り始めた。これからヘルキャットの姿を見せて威嚇し、デイノニクスの群れが停止、または、新拠点から離れるように進路を変更しなければ退治する」
「了解。こちらでも確認している。ただし、退治はデイノニクスの群れが防衛圏に侵入してからにせよ」
「了解。退治はデイノニクスの群れが防衛圏に侵入してから行う」
「それから、デイノニクスの群れが新拠点に向かっているのはおそらくこちらの不手際だ。小型無人機を新拠点を周回するように飛行させていたため、デイノニクスが小型無人機を腐肉食の飛行生物と誤認し、新拠点にえさとなる腐肉があると判断した可能性が高い」
「了解。疑問が解けて助かった」
飛雄馬は報告を終えてお嬢との通話を切った。先ほどまでの気軽な雰囲気はまったく残っていなかった。
状況を確認するために視線操作で縮小していた三次元地図を拡大し、寝ぐせの映像に重ねて表示すると、デイノニクスの群れは新拠点に向かって走り続け、小型無人機の編隊は進路を変えて新拠点から離れようとしていた。
「行くっす」
視線操作で三次元地図を再び縮小して同じように縮小した寝ぐせの映像と並べて表示し、多目的ディスプレイのボタンを叩いて予備のセンサーマストをしまった。準備がすべて整い、飛雄馬は砲塔をデイノニクスの群れに向けたままヘルキャットの姿がよく見えるように前進させた。
突然目の前に現れたヘルキャットを見てデイノニクスの群れは進路を右、飛雄馬から見て左に変更して加速した。
そのまま厳重警戒圏を出て行ってくれるなら良いが、迂回して新拠点に向かうかもしれない。
飛雄馬はアクセルを踏みながらハンドルを回してヘルキャットを左旋回させ、デイノニクスの群れの進路をふさぐように走らせ始めた。
ヘルキャットに進路をふさがれそうになっていることに気付いたデイノニクスの群れは進路をさらに右に変更し、飛雄馬はその進路をさらに厳重警戒圏の外へと変更させるようにヘルキャットの進路を寄せて圧力をかける。
間にある起伏で互いの姿が何度か見えなくなる中、両者の距離が少しずつ縮まる。
飛雄馬はヘルキャットの進路をさらに寄せてデイノニクスの群れの進路をもう一度ふさごうとしたものの、デイノニクスの群れはヘルキャットがそれ以上近付く前に進路をさらに右に変更した。
「進路がふさがれそうになれば気付くんすね」
デイノニクスの群れに追いつき、ヘルキャットの速度を落として併走させながら、飛雄馬はヘッドマウントディスプレイ越しにデイノニクスの群れを眺める。
拡大映像の中のデイノニクスの群れは盛大に砂塵を巻き上げているため先頭の方にいる数頭しか姿が見えなかったが、どの個体も正面を見据え、太股の筋肉を力強く躍動させながら疾走していた。
主砲や同軸機銃を威嚇射撃することももちろんできたが、刺激しすぎてデイノニクスの群れが複数の小集団に分かれてしまうことは避けなければならなかった。
飛雄馬はヘルキャットを厳重警戒圏の外側に設定されている警戒圏の外側まで併走させて、デイノニクスの群れを新拠点の周辺から追い払った。
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