二章

プロローグ

 岩石だらけの荒野を貫く街道から少し外れたところに一両の六輪装甲車が横転している。


 その近くでは要救援者らしい二人が腕を振ったり、布を振ったりしている姿が見える。まだ距離があるため陽炎で見えづらいこともあったが、二人とも、けがをしたり、日差しや暑さに負けたりしていないで無事なようだ。


 ただ、街道から緩やかに下っていく斜面で横転している装甲車の方は車体の底面に真上からの日差しが直接当たるくらい転がってしまっているため、さらに転がってしまいそうで危なっかしい。自分たちで起こそうとしないで救援を依頼したのは正解だろう。


 フサリアの薄暗くも空調の効いた運転席で発見した要救援者たちの映像をヘッドマウントディスプレイに拡大表示していた飛雄馬は、視線操作で元の映像に戻してもう一度周囲を見回した。


(大丈夫っすね)


 一周見回しても、要救援者たちを襲って装甲車を横転させたという大型モンスターの姿は見当たらなかった。要支援者たちがそのモンスターに襲われたのは共通時間で十四時間以上前とのことだったから、近くにはもういないのかもしれなかった。


 飛雄馬は今参加しているパーティーのリーダーであるミカに報告する前に、フサリアから発射した小型の固定翼無人機が撮影した映像も確認した。


 もし要救援者たちを襲った大型モンスターが戻ってきたら、救援活動を行う飛雄馬たちにとっても脅威だった。


 その「テッカドン」と飛雄馬があだ名を付けた大型モンスターは、地球のアンキロサウルスやリクガメに似た八本足の生き物で、成長すると車両並みの大きさになり、単独、または、少数の群れで広い縄張りを作って生活する。縄張り意識が強いらしく敵対的で、縄張りに入った大型トラックを襲って大破させるなど、人を襲うことも珍しくなかった。

 体は全身が鎧のように硬い皮膚で覆われていて、特に頭から背中の半ばまでは装甲板のように硬く、小口径機関砲弾さえ弾き返すことがあると言われていた。

 また、巨体の割に足が速いため、重心の高い装輪装甲車が側面に体当たりされると、要支援者たちの装甲車のように横転させられることがあった。


(フサリアなら弾き返せるっす)


 テッカドンが「生きた戦車」と呼ばれることもあるのを思い出して飛雄馬は対抗心が湧いた。


「フサリア」は飛雄馬が半年前に買った戦車の名前で、外見は地球の西側第三世代主力戦車を再現していて、重心は装輪装甲車よりも低く、重量も倍以上あった。テッカドンの最大級の個体と比べても、重量は負けない自信があった。


 また、防御力だったらフサリアの圧勝で、小口径機関砲弾に対抗できる程度のテッカドンや装輪装甲車とは比べものにならなかった。フサリアで最も装甲が厚い砲塔正面なら一二〇ミリ級の戦車砲弾にも十分耐えられた。


 速力だってフサリアはたいしたもので、路上でこそ装輪装甲車に負けてもそれ以外の場所では負けなかったし、テッカドンに対してはすべての場所で勝っていた。この荒野でなら、フサリアは路上であってもなくても最高速度を発揮できた。


 体当たりくらいしかできないテッカドンと比べて攻撃力もフサリアの圧勝だったが、飛雄馬は自分の役割とやるべきことを思い出して冷静になった。飛雄馬の役割はフサリアとテッカドンを比較することではなくパーティーの全員を無事に町まで帰すことで、今やるべきことは空からの映像も使ってテッカドンが付近にいないことを確認することだった。


(また失敗したっす)


 戦車を買って半年経ち、飛雄馬も戦車のある生活にもひととおり慣れてきていたが、大好きな戦車のこととなるとまだ気持ちを抑えきれないことがあった。


 気持ちを切り替えてテッカドンが付近にいないことを念入りに確認してから、飛雄馬はミカに報告した。ミカは飛雄馬が出向している整備工場の同僚で、一番親しい友人でもあった。


「ミカ、到着したらすぐに作業を始めて大丈夫っす」

「了解。こっちでも装甲車の映像を見せてもらったよ。あらかじめ聞いていたとおり、作業は特に難しくなさそうみたい。

 飛雄馬は何か聞いておきたいことはある? テッカドンに襲われてからのことは二人とも気を失っていてほとんど覚えていないらしいけど」

「特にないっす。多分、二人を襲ったテッカドンは休むために未発見のねぐらに戻ってるはずっす」

「了解。

 飛雄馬、帰りにテッカドンのねぐらだけでも探しておかない?」


 報告を終えて街道や周辺の警戒に戻ろうとした飛雄馬は共通通訳機から聞こえたミカの声に引き止められた。


「町まで牽引する契約をとれなかったんすか?」

「横転させられただけだから大丈夫って強く主張されたらそれ以上勧められなくって」

「金のないときに牽引代まではきついっすからね」

「実際に見てみて異常があれば変わるかもしれないけど、難しい気がする」

「赤字っすか?」

「一応黒字。だけど、本当に引き起こしだけだったら先輩たちに出張手当てをなんとか払えるくらい」

「オレたちの分はないってことっすね?」

「うん。だから、帰りにテッカドンのねぐらだけでも探しておかない? また車両を襲うことがあれば討伐に報奨金が出るだろうからねぐらの情報も高く買ってもらえるだろうし、ねぐらを探すだけなら私たちだけでもできるでしょ?」

「先輩たちへの手当てはどうするんすか?」

「延長なしの帰り道だけでなんとかならない?」

「難しいっす。

 要救援者たちを襲ったテッカドンの足跡は風でだいぶ消えてるからあまり手がかりにならないし、ねぐらは街道からかなり離れたところにあるはずだから時間がかかるっす」

「無理か……。

 町に戻って出直したら赤字だし、ねぐら探しはあきらめるしかないか。良い考えだと思ったんだけどな」


 共通通訳機越しにミカが嘆いた。


 飛雄馬は整備工場でミカと組んで出張修理や車両回収を担当し、出かけないときは警備の一助として町の周辺や近くの街道を巡回していた。


 この出張修理と車両回収は以前から町の外に出ることを希望していたミカが主張し、戦車乗りとして出向してきた飛雄馬に任せる仕事として始められた新しい仕事で、それだけに採算性や価格の妥当性など分からないことが少なくなく、飛雄馬とミカはいつも頭を悩ませながらより良いやり方を見付けようとしていた。


「飛雄馬は帰り道にできそうな仕事に心当たりはない?」

「ないっす。それより、ねらいどおり金がなくてもためらわずに呼んでもらえて良かったじゃないすか」

「それは良いんだけど、せっかく町の外に出たんだからまっすぐ帰るなんてもったいないじゃない」

「休めるときに休んでおくのも仕事っす。全体としては黒字なんすから、わざわざ忙しくすることはないっす」

「そんなこと言わないで何かない? 寄り道できる名所とかでも良いんだけど」


 ミカが食い下がった。出張修理や車両回収を始めるまで町から出たことがほとんどなかったというミカはまっすぐ帰るのが不満なようだ。


「そう言われても、この辺に名所なんて特にないっすよ」

「眺めの良い場所とか、面白い形をした岩とかない?」

「面白い形をした岩なら探せば見付かるかもしれないっすけど、知らないっすね。

 それより、到着したっすよ」

「だったら、帰りに面白い形をした岩を探しましょう」


 決定だとばかりにミカが弾んだ声で話を終え、飛雄馬たち三両四人のパーティーは無事に現場に到着した。


 ミカの乗る戦車回収車と続く大型トラックが飛雄馬の乗るフサリアの後ろを離れて要救援者たちに向かい、飛雄馬は直進してから街道を外れて周囲よりわずかに高くなっている場所に向かった。


「ミカ、大丈夫とは思うけど、身代金目的で要救援者のふりをする事件もあるからミカたちも気を付けてっす」

「ありがとう。こっちの方が人数も多いから大丈夫だよ。

 でも、もし人質にされそうになったりしたら助けてね」


 話を終えたばかりのミカが共通通訳機の向こうで笑って答える。


 飛雄馬も要救援者たち二人が戦車もいるパーティーにほとんど素手で敵対してくるとは思っていなかったが、万が一ということがあった。


(ミカは見てて危なっかしいんすよね)


 所属するシーダーの仲間たちから自分も同じように思われていることを棚に上げて、飛雄馬は要救援者たちに歓迎されながら停車した戦車回収車と大型トラックを心配する。


 この世界に来た時期が飛雄馬と近く共に新人扱いされているミカは人の悪意に鈍感で、人への警戒心が薄かった。「ミカ」という飛雄馬が付けたあだ名も、整備工場に出向して初めて話をしたときに「あだ名を付けるなら自分の名前の意味に関係するものにしてほしい」といきなり迫られて付けたものだった。


 なお、ミカの名前の意味は「美しく華やかに咲き誇る大輪の花の誘い込まれるような香りがする娘」だそうで、ミカは漢字だと「美花」「美華」「美香」と書く。


 背丈は飛雄馬とあまり変わらず、外見は地球のトカゲが直立したような姿をしているが、顎は短く頭は小さめで腕が長かった。太い尻尾はそれだけで体を支えられるほど力が強く、足で立つときも体を支えていた。

 丈夫なウロコで覆われている体は特に背中の青色のトゲが見栄や誇りに関わるらしく、服を着ているときも隠さない。衣服は背中のトゲと尻尾を出すように作られているため、種類によっては地球のかっぽう着やエプロンのように見えるものもあった。


(よく違う服を着ているし、この世界にくる前は良いとこのお嬢さんだったんすかね)


 ミカのことを考えているうちに、飛雄馬は目的地に到着した。


 目的地はあらかじめ三次元地図や小型無人機の映像から目星をつけていた場所で、周囲よりわずかに高く、多少の岩石を除けば四方に視界を遮るものがなかった。また、現場にも近すぎなかったからミカたちや要救援者たちを巻き込むことなく全力で戦闘することが可能で、周辺を警戒するにも都合が良かった。


 飛雄馬はフサリアを止める前に周囲を回って吹き溜まりや落とし穴になっているような場所がないことを確かめてから、少し見下ろす形になる現場にセンサーマストを向けた。


 現場ではミカたちがそれぞれの車両を降りて要救援者たちと顔合わせをし、契約書を交わしたようだ。飛雄馬が視線操作でヘッドマウントディスプレイに映るミカたちの拡大映像をさらに拡大すると、自分たちの分の契約書を持つ要救援者たちも少しくつろいでいるように見えた。

 要救援者たちは二人ともあまり見慣れない種族なので表情などは分からなかったが、要救援者たちもミカたちが救援のふりをした盗賊団ではないかと警戒していたに違いなかった。


 紙に印刷した契約書二通を直接手渡して印鑑を押してもらい、一通を手渡しで返してもらうという、相手に危害を加えるつもりなら最も簡単にできてしまう時間を無事に終えて、飛雄馬はひとまず安心した。


(ミカたちは大丈夫そうっすね)


 もし要救援者たちがミカたちに少しでも危害を加えるような動きをしたら、飛雄馬はフサリアの同軸機銃を撃って威嚇するつもりだったし、砲塔を向けて戦車砲を撃ってもいいとさえ思っていた。


 ヘッドマウントディスプレイに映るミカたちの拡大映像では、契約書を戦車回収車の車内にしまったミカが戦車回収車の前面にあるウインチからワイヤーロープを引き出し、応援としてパーティーに参加している整備工場の先輩二人は装甲車がこれ以上転がらないように固定するためのワイヤーロープと杭を大型トラックから下ろし始めていた。


 要救援者たち二人もミカたちを手伝い始めていて、一人はミカが引き出したワイヤーロープを装甲車まで引っ張り、もう一人は先輩二人が下ろしたワイヤーロープの束を装甲車のそばまで運んでいた。要救援者たち二人の行動からはミカたちに危害を加えるような気配を感じられず、また、手伝う手際も良かったから、救援活動は時間がそれほどかからないように思えた。


 飛雄馬は視線操作で拡大映像を元の映像に戻して、周辺の警戒を始めた。作業中のミカたちは無防備だったから、何があっても飛雄馬が守らなければならなかった。


(テッカドンなんてフサリアの戦車砲で一発っす)


 ヘッドマウントディスプレイの映像をにらんで飛雄馬は気合いを入れた。ミカがしっかり働いているのだから、飛雄馬もゆっくりしている訳にはいかなかった。

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