インビジブル~月詠桜と封印された力~
文月ゆら
プロローグ
幼い日の記憶
「さくらくん!おはよう!」
「おはよう、みなみちゃん!」
「わたしのハンカチしらない?」
「はんかち……もしかしてそれって……さくらんぼのハンカチ?それなら……」
少年はおもむろに歩き始めた。
「ここにあるって!」
少年が屈んだ先には、幼稚園で使う小さな跳び箱。
隙間に手を差し込んだ彼は、小さな腕を必死に伸ばす。
「あともうちょっと……はい、これだよね?」
少年の手には埃のついた、さくらんぼ柄のハンカチ。
「うん!これ!ありがとう、さくらくん!」
少女はたちまち笑顔になり、少年の頬に可愛いキスをした。
頬を赤らめながら去っていく少女を見送る少年。
「なんでみつかったんだろう……」
彼自身も不思議でならなかった―――。
*
「桜~!僕の国語の教科書知らない?今日さ、授業で当てられるんだよ~忘れ物したって分かったら、今度こそ漢字の書き取り百個だよ!?桜、助けてくれ~」
必死になって机やランドセル、手提げバッグを探す友人。
「ロッカー……裏にあると思う。見てこようか?」
少年はそう言うと、教室の隅にあるロッカーを見つめる。
「これ、動かしたいからちょっとごめんね」
ロッカー前で会話をする……いわゆる“ガールズトーク”を繰り広げている女子たちに声を掛け、ロッカーを動かした少年。
裏に体を滑り込ませ、しばらくすると手には国語の教科書が。
「すげー!助かったよ!それにしても、桜ってホントに不思議だよな!なんでいつも見つけちゃうわけ?」
「わかんないけど、小さい時から失くしものとか見つけるの得意なんだよ」
そう答えた。
「サンキューな!桜は俺の命の恩人だよ~」
「そんな大げさな」
*
「……ってことが、今日学校であったんだよ。でね、優二が“命の恩人”とか言うんだ。大げさだよね!」
少年がそう言うも、目の前に座る両親は渋い顔をするだけだった。
「お父さん……お母さんもどうしたの……?僕がまた探し物を見つけたから……怒ってる?」
両親の顔色を窺うように、少年は顔を覗き込んだ。
二人は何も言わず、ただ少年を見つめた。
「あなた……どうしましょうか……このまま、もし力が……」
「行こう……桜には悪いけど、このままだと良くない気がする。教えてもらったところへ行こう……あの子のためだ」
両親はベッドで眠る息子を抱え、車に乗せた。
車は暗い夜の道を進んでいく。
後部座席に寝かされた少年は、何も知らない無垢な寝顔を見せている。
*
「本当にいいんですね……?この子の力は……」
「いいんです!何年も何年も悩んで……これが、この子のためになるんです!だから……早く消してください……」
眠る少年を見つめる一人の女性。彼女は巫女の姿をしていた。
「……分かりました。ご両親がそう仰られるのなら、私は何も。では……消させていただきますね……」
女性はそう言うと、少年の額に手を置き、そっと静かに唱え始めた。
どれくらいそうしているのだろうか、温かなろうそくの灯りと三人しかいないその部屋には長い刻が流れている。
「これで、この子の力は消えました。本人も……力を感じることはないでしょう……。ここに来たことの記憶も消してあります。ただし、一つだけ覚えておいてください。この子が持って生まれた力が強大なものなら、私たちがいくら消してもそれは、何かがきっかけとなり自然と復活してしまう……。今は完全に消えていますが……戻る可能性の方が大きいかと……」
女性は申し訳なさそうに伝えた。
両親は、眠る少年を抱きながらそっと彼に視線を落とす。
「戻らないように……私たちが見張っています……」
母親はそう呟いた。
*
「桜~?朝ごはんよ~!」
リビングから聞こえてくる母の声。
「うん……」
少年は、重い体を持ち上げベッドから降りようと床に足を着けた。
「なんだろう……なんか……違う感じがする……」
すっと立ち上がり、着替えを済ませると一階に続く階段へと歩みを進める。
「おはよう……」
「おはよう。どうかした?」
母は顔色を窺うように、少年に声を掛けた。
「ううん。でも……なんか……いつもと違う感じがするんだ……。何かは分からないけど、なんか……」
新聞を読んでいた父は、それをそっと閉じた。
「父さんにもそう感じるときがあったよ、子どもの頃な。でも、次の日にはまたいつもと同じに戻っていたんだ。桜だって一時のものだ。気にしなくて大丈夫だよ。子どもの頃はそう言うのよくあるんだ」
父はそう説明する。
そう言うのとは違う気がする。そう喉元まで上がってきたその言葉を少年はぐっと飲み込んだ。言ってはいけないような気がしたのだ。
「そっか。そういうものか……。いただきまーす!」
両親は顔を見合わせていた。
それを少年が見逃すことはなかった―――。
そして時は流れ、少年は大人へと成長していった―――。
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