第19話
翌日。葵の体が急に動かなくなった
紫電病により傷つけられた神経が、生体電気の送信ができなくなってしまったのだ
麻痺のような状態でも、会話することはできる。村雨は葵の手を握りながら、会話を続けていた
「むーくん…。ううん、村雨。今までありがとね。短い期間で、ごめん」
「謝るな。短くしてしまったのは俺だ」
「あはは…そうかも。でも、今までで1番楽しかった…な」
葵の目が焦点を結ばなくなっていく
「葵…?」
「目も、見えなくなりそう…。顔、見せてよ。最後に、さ」
横たわる葵を上から覗き込むようにして顔を見せる
葵は笑った。最後の力を振り絞って、紫電を撒き散らしながら村雨の頬に手を触れる
「笑って…?笑顔が、みたいから」
「…ああ」
無理やり笑って見せる。これは失敗した
だから、やり方を変えることにした
今作るのではなく、かつて葵と笑いあったその時を思い出す
「いい笑顔…。むーくんなら、大丈夫だね…。ありがと」
「…最後に言わせてくれ、葵」
「なに…?」
「…お前を生涯愛すと誓おう。天国ではもっと、この手が離れなくなるほど一緒に過ごそう」
「…うん。絶対、離れないで」
村雨は絞り出すように言葉を紡ぐ
ここで言わなければ、二度と言う機会は失われる
誰かのためではない。自分自身の未来のために
「葵。愛してるよ、今も…これからも」
「…!ふふっ、今までで…1番いい顔してるね。私も、ずっと…ずーっと…むーくんだけを、愛しています」
葵の手がベッドに落ちた
村雨はまだ暖かさが残るその手を握りしめる
誰かの泣き声…というより、叫び声にもにた咆哮がこだましている
(誰だ…。ああいや、おれ…だよな)
今までしたことがないほどの大泣き
親に殴られようがいじめられようが、余命宣告されようが
悲しいなどと感じたことはない。それほどに冷淡な人間だ。そう思っていた
(なにも、かんがえられな…い…)
人のために泣くというのが、こんなに苦しいとは知らなかった
人のために感じることが、こんなに暖かいとは知らなかった
そして死んだ人も、暖かさを与えてくれることを初めて知った
49日が終わり、正式に漣の助手となった村雨
まだ、部屋から出てこない
「まぁすぐに出てこいという方が難しいのかもしれないねぇ…」
「…そうだな」
漣がいるのは喫茶店だ
目の前にいるのは夜斗で、この店の店長は夜斗の親友である霊斗
今店はクローズとなっている
「珍しく夜斗君も寂しそうだね」
「多少、な。知り合いが死ぬのは、俺でも堪える」
「そんなんで村雨君が死んだらどうなっちゃうのかな?」
「それはあんたがな」
立ち直れないことを予見した夜斗
コーヒーを飲みながら霊斗を呼びつけ、パンケーキを注文する
「で、どうすんだ?子どものこと。もう話すか?」
「立ち直るまでは待つよ。葵ちゃんと約束したから、産むし育てる。似ないと思うけどね」
わざとらしく肩をすくめる漣
最近は無理な勤務をしなくなり、しっかり妊婦であることを認識しているらしい
「この子、戸籍上はどうなるんだろうね」
「…言ってもいいなら言うが?」
「聞きたいところだね、ジャックさん?」
あの手術をしてから、夜斗は漣にジャックと呼ばれるようになった
とある無免許外科医からもじった名前だ
「父親不明で登録することになる」
「うわ夢も希望もない回答をありがとう。なんとかならないの?」
「村雨が認知するかどうかだろ。すればあいつとあんたの子どもになる」
「だろうねぇ」
外を眺めると、まだ6月だというのに30℃を超えた外気が陽炎を作り出していた
「子供の名前は陽炎にしようかな」
「見たもので決めたろ」
「まぁね。けど、不思議には原因がある。陽炎だって元々は謎の現象だったけど、今では解明されてるでしょ?ある意味この紫電病に関わるところも謎だよ。でも、この子が解決できるかもしれない」
「…そうかよ。ま、好きにしろ。俺は名付けには関わらん」
つい先日霊斗の子供に名付けさせられたいたがそれは気にしないことにしたようだ
そしてようやく届いたパンケーキにシロップをかけ、3枚のうち1枚を漣に押し付けて2枚を頬張る
「さて、あの日桜の木の下で…村雨は何を思ったのやら」
フッと笑い、夜斗は追加のチーズケーキを注文した
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