第15話

5ヶ月後。葵の命日まで、あとニ週間

葵の部屋にきたのは、博士と夜斗だ



「本気なの?」


「…はい。貴女には、負担になってしまいます。それに、これの結果私が今日死ぬ可能性も高いと黒淵先生から聞きました。でも、私は…」


「みなまで言うな。あんたの覚悟だというなら、止めはしねぇよ。だが…それをさざなみが許すかは別の話だ」


「そうだね。私はオススメしないよ。今はやる気ないけど、もしかしたらということもあり得る。立つ鳥跡を濁さずと言うし、やめた方がいい」


「わかってます…。これは、私の自己満足です。私は」



ベッドから降りて立ち上がり、真っ直ぐ夜斗を見たあと、博士こと漣に目を向ける



「私は、私と村雨の子を貴女に産んで貰いたいんです」



葵が抱く想いと欲望を、口にした





村雨はこの5ヶ月間、病院に寝泊まりしていた

建前では低出力症の隔離だが、実際には葵との時を長く過ごすためだ

今は敷地外でタバコを吸いながら、夜斗にメールを送っていた



(あとニ週間。終わりは、近い)



拳を握りしめる村雨

腕輪をしていても、出力は低い。肌を破ることはない

しかし気持ち的には肌を突き破り、肉を顕にするような強いものがある



(桜が咲いた、か。俺も葵も、桜のように咲き誇れただろうか?)



吸い終わり、少し散歩を始めた

一人で回るのは初めてのことだ。そこかしこで、この半年の記憶がフラッシュバックしていく



(…あれは)



遠くの、最も目立つ桜の木の下にいるのは葵だ

桜を見上げる葵はどこか美麗でありつつも、儚さを感じさせる



「葵」


「むーくん。桜を、見に来たの。来週からは、全く外に出れなくなるから」



紫電病は、最後の1週間の発電量が激増する

その期間は外に出ると何にでも電気を放つため、コンクリート剥き出しの部屋に軟禁されてしまう

葵の場合は村雨もその部屋に居られるが、他の患者は外部との連絡が全くできない状態にされるのだ



「そうか…」


「うん。私とむーくんが、二人並んで桜を見れるのはこれが最後だよ」


「そんなこと…!いや…気休めを言う必要はない、な」


「わかってたことだからね、仕方ないよ」



5分程度沈黙が訪れた

村雨の目は葵に向いているが、葵は桜に注視している

そしてふと目があい、笑った



「最後に、お願いを聞いてほしいの。1つだけ」


「…なんだ」


「来週1週間、私は部屋に閉じ込められて、最後の時までそこで過ごすことになる」


「そうだな。特例で俺も入れてもらえるけど」



葵は村雨の目の前に移動した

その胸に顔を押し付けるようにして、村雨の背に手を回し抱きしめる



「…こんなこと言ったら、はしたない女だって思われちゃうかもしれない。でも、お願い」


「……」



葵は真っ直ぐ、村雨を見上げた

顔を赤らめながら最後の…本当の意味で、一生のお願いを伝える



「私と、子どもを作って欲しいの」



村雨は少しの衝撃と嬉しさ、そして強い悲しみを感じた



(けど…)



言葉にならない

事実ではあるが、それを伝えることに躊躇いがある

躊躇いが言葉を鈍らせ、口を開けたり閉めたりすることしかできない



「わかってる。子どもを生むことは、できない。それどころか受精卵になって終わっちゃう。けど今までそれを言わなかったのは、子どもに命が入るのが怖かったから。私のワガママで、殺してしまうのが嫌だった」


「…」



でも、と言葉を続ける



「私は、夫とそういうことをしないまま死にたくない。私はむーくんと――」


「もういい…。想いはわかった。…けど、本当にいいのか?」


「うん。もしかしたら、むーくんにダメージがあるかもしれないけど…」


「構わん。葵がやりたいことなら、手伝う。俺は一生、お前の旦那だからな」



村雨は覚悟を決めた





その日の夜。銭湯に足を運んだ村雨

最近は家を引き払った代償に風呂を失ったため、病院から徒歩5分のここを毎日利用していた



(葵と…子づくり…?と言いつつそうはならない。ただ性行為をして終わる。が、申し訳ないけど経験はない!)



ネットである程度の知識は身につけてある

が、それを使うことはなかった

村雨にとっては重要なものではなく、歴代の元カノに求められても拒否していたからだ



(…なるようになれ、ってとこか。帰りにゴム買ってくるって言ったら拒否されたしな。気持ちだけでも親になりたいのか?)



村雨はそんなことを考えながら浴槽に浸かり、既に1時間が経過していた

番台が様子を見に来たのも、いまので8回目だ。そろそろ救急を呼ばれかねない



(…帰ろう。というかやるのって今日、なのか?)








「え?今日から毎日だよ?」


「はい??」


「だって、確実に妊娠するためには頻度を上げる…みたいなこと聞いたもん。一応排卵促進剤?とかいうの飲んでるけど」


「そこまでして妊娠したいのか…。なんか憧れでもあんの?」


「うーん。あるね!カッコいいお母さんになりたかった!」



取ってつけたようなことを口にしながら、葵は特別にと用意された部屋の扉を開ける

中には天蓋付きベッドと暖色系の照明があり、それ以外はエアコンくらいしかない

本当にそのための部屋、といった様子だ



「…ハジメテだからね、痛みも覚悟してるよ。7日間あるし、好きなプレイを私で楽しめるね!」


「オーケーじゃあ手錠と足枷と十字架を…」


「むーくんの趣味怖い」


「冗談だ」



今から行為をするとは考えられないほどいつも通りだ

シャワーを浴びる…ということはない。そんなことをすれば葵の電気でブレーカーが飛ぶのだから、やれるわけがない

葵は(夜斗を脅して)買ってきてもらった女の子らしい服を翻した

そして村雨に詰め寄り



「脱げない…」


「は…?」


「着せてもらったから、脱ぎ方わかんない…」


「…教えてもらっとけよ…」



上からスポンと抜けるような服ではない

村雨も女性服に詳しい訳では無いため、模索しながらの作業になる

背中側にあったジッパーを下げると、葵の白い背中が見えた

黒い下着が目につき、顔を背けながらもゆっくりと服を脱がせていく



「くすぐったいよ…?」


「見ずに脱がせてるからな。刺激が強い」


「大丈夫かなぁ…」



全て脱がせ終えた村雨は、自分の服を脱ぎ壁際に投げた

そして葵をベッドに押し倒して、耳元でつぶやく



「歯止めは、効かないぞ」


「うん。きて、村雨」

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