第13話

翌週土曜日

村雨は二週間後に退職すると伝え、来週中に引き継ぎを済ませることにした

そして今は葵の病室の前に立たされている



(人が来たら追い払えって言われたけど…こないんだよなここ)



中からは夜斗と葵の会話が少しだけ聞こえてきていた




「あんたが葵さんか」


「夜斗くん、だね。なにか用事があるの?」


「まずはご結婚おめでとうございます。我が友をよろしく頼む」


「ありがとう。とはいっても、あと5ヶ月だけどね」



寂しく笑う葵の目は警戒に染まっている

当然だ。いくら村雨同行とはいえ面識のない男が自分を訊ねてきたのだから



「村雨も余命宣告を受けた。だから、あんたに問おう。村雨を少しでも長生きさせたいか?それとも、早くヴァルハラで共に過ごしたいと思うか?」


「え…?余命、宣告…?」


「そうだ。放っておけば5年だな」



調べた限りでの余命を伝える夜斗



「そんなこと…一言も…」


「別にいいだろそこは。俺が聞きたいのは、あいつを長生きさせるか否かだ」


「…そんなの、してほしいに決まってるじゃん」


「なら、少しあんたに協力してもらう。なに、簡単なことだ。今日は少し血をもらうだけで済む」


「……なにするの?」


「解析する。んでもって、使えそうならあいつの脳の出力を無理やり上げられる。いや出力というか、正確には出力限界とか耐久値とかだけど」



夜斗はそう言ってまち針を取り出し、ベッドテーブルに置いた

そしてかつて理科でよく見たプレパラートとかいうガラスのプレートをまち針の横に置く



「それに血を乗せてくれればいい。解析は2時間かかる」


「そんな早いの?」


「まぁ、優秀だからな。俺が作る機械は」



機械工ではあったが、設計開発は専門ではない

どちらかと言えばメンテナンスがメインだったのだが、趣味で機械を作るということをしていた夜斗

解析の機械も、普通のものではない



「自宅に持ち帰る必要があるから往復で3.5時間。面会時間を過ぎるから結果は明日だ」


「…わかった」



葵は指先に小さな穴を開けて血を出し、ガラスの板に載せた

夜斗はそれを受け取り、同じもので挟み込んだ

そしてジップロックに入れて空気を抜いて閉じる



「…明日には、やれるかどうかがわかるの?」


「やれることはわかっている。ただ、血でいけるか確証が出ないだけだ。場合によっては手術で骨髄を取り出す必要があるかもしれない」


「脳の異常なのに、血でいけちゃうんだ」


「…まぁそうだな、気になるか。なら教えよう」



夜斗はコートのポケットに入れていたリモコンを取り出して十字ボタンを操作した

空中に現れた画面には、写真が数枚映っている



「血を使うのは、あんたの遺伝子を取り込ませるためだ。それにより、脳が改変されて出力が上がる。ただこれは、それぞれの相性が必要になるが、これに関しては血液型が同じならどうとでもなる。簡単に言えば血清を作るということだな」


「血清…。病気の抗体を持ってる人の血で作る、薬…?」


「ああ。あんたの場合はむしろ、その遺伝子に刻まれた異常を村雨に埋め込む。ただ、進行した紫電病の遺伝子は強すぎてあいつを蝕む。だから余命が伸びるだけで解決するわけじゃない」



ジップロックとリモコンをコートのポケットにしまい、腕時計で時間を確認する

時刻は15時を少し過ぎた頃。そろそろ村雨とは別の友人に合流する頃合いだ



「頃合いか。では結果は明日伝えよう。昼過ぎにくるが、村雨は連れてこない。いいな?」


「う、うん。…いくら欲しいの?」


「別に金でやるわけじゃないが…。ま、今月末の俺の誕生日に村雨がいいもんくれりゃそれでいい。あんたに請求する意味はない」



邪魔したな、と片手を上げて病室を出る

部屋前でスマホゲームをしながら待っていた村雨が入れ替わるように病室に入り、余命宣告を黙っていたことを怒られた



(…いい夫婦、なのかもしれないな。言い合える夫婦…。俺と弥生は、言わなくてもわかるし)



フッと笑い廊下を進む

エレベーターで最上階へ移動し、屋上の柵に凭れて大きめのため息をつく



(葵さんが俺と同い年、か。子供っぽいところが強いが、俗世から阻まれた影響なのだろう。少々色っぽさが足りんが、弥生もいい勝負だしな。どうせ村雨は性行為を求めん。大したこと問題ではないのかもしれないな)



そんなことを考えていると、屋上のドアを開ける音が聞こえた

ようやく来たか、と思い振り返る



夜暮やぐれ


「待たせたな。診療が長引いた」


「さして待っていない。霊斗と会う予定があるから手短に話すぞ」


「ああ。あの紫電病患者の話か?」



夜暮は夜斗の従弟でありこの病院の医者だ

村雨の先輩にあたるが、村雨は夜暮がここにいることを知らない



「違法手術をする。お前には話しておこうと思ってな」


「紫電病を治す方法があるのなら、俺を通せば学会に出せる。名前が医学界に残るぞ」


「そんなもんじゃない。低出力症の一部緩和が可能なだけだ。紫電病患者には、犠牲になってもらう」


「…あまり医者としては看過できる話ではなさそうだが?」


「簡潔に述べよう。低出力症患者に紫電病患者の血を取り込ませることで、無理やり脳の出力を上げる。ただこれはリスクが高い」


「…血が拒絶反応を示せば、低出力症患者は死亡する。適合しても、すぐには改善されないだろう。脳の遺伝子を無理やり変える気か?」


「ああ。そういう機械を作った。実験はしていない。いわば初の実験体が葵だ」


「…なるほど。わかった、俺は聞いてないことにする。採った血を、不手際で廃棄してしまうかもしれないな」


「話が早くて助かる」



夜斗はまたため息をついた

今度は癖で出るものではなく、ただ疲れからくるものだ



「夜斗」


「なんだよ」


「成功したら、焼肉奢れ。それだけのリスクがある」


「その程度で済むなら安いもんさ。なんならカラオケもつけてやろうか?」


「歌は得意ではない。が、偶にはいい」


「うわ余計なこと言ったかなこれ…」



笑い合う2人

少し肌寒い風が頬を撫でた

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