第11話

翌朝。目が覚めた村雨は、ベランダに出てタバコの電源を入れた

窓を開けて煙がこもらないようにしつつ、その窓から空を見上げる



(もはや昼と言ってもいい時間だ)



目が痛むくらいには明るすぎる空だ

とはいえ今は冬。冷気は尽く肌を刺すように襲ってくる

瀬奈はまだ起きていない。抜け出すのにはそう手間はかからなかった



(電話…ああ、あいつか)



スマホを出して発信者を確認する

そして少し待ってから応答した



「うっす」


『よう。元気してるか?』


「お前よりは元気ないかもしれんな」


『そうか、それは何よりだ。ところで、少しお前に話がある。今どっちにいる?』



この友人は村雨が転勤したことを知っている

そのため、地元にいるのか転勤先にいるのかを聞いたのだ



「あー…どっちにもいない。妹のとこに泊まったんだよ」


『ああそう…。じゃあ通り道だからちと寄る。少し話をしよう』


「いいぜ。何時頃よ?」


『12時過ぎだな。飯がてらって感じで頼むわ。瀬奈ちゃん連れてきてもいいぞ』


「了解」



通話を切り、今の話を伝えようとタバコの電源を切り部屋に入る

瀬奈が着替えをしていたが、こちらはさして気にならない

もはや見慣れた光景であり、瀬奈もわざわざ文句を言うことはないのだ



夜斗よるとが飯行こうってさ」


「こっちきてるの?昼なら行けるよ」


「地元帰るんだとよ。昼だから安心せい」


「おっけー。じゃあ朝ごはんは軽めにしとくね」


「ういうい」



村雨はやることがなくなったため、瀬奈が朝食を作り終わるまで暇をつぶすことにした

スマホを再度取り出し、動画サイトやSNSを見ながらゆっくりと流れる時間を過ごす

15分ほどで朝食ができあがり、食卓…という名の折りたたみテーブルで瀬奈と向き合って座る



「「いただきまーす」」



メニューは炒飯。村雨の好物だ

食べながらゆっくりと思考を回す。並行作業をするときは両方が遅くなってしまうのも低出力症故のものなのだろうか



「お兄ちゃん、食べるか考えるかどっちかにしなよ」


「……」


「ああ考える方にしたのね…。食べ終わってから考えて」


「うい」



考えていたのは、友人――夜斗が何の用で話をするのか、という点だった

基本的に夜斗は喋らない。アイコンタクトをメインにコミュニケーションを取ろうとする

直近で話したことなんて、結婚の自慢をされたときくらいだ



「ごちそうさま」


「おそまつさま。いつ出るの?」


「11時半くらいにここに着くらしいから、そんくらいだな。奴はバイクで来るらしいけど、俺の車で行く?」


「そうしよっか。私運転したくないし。夜斗さんも乗るかな?」


「多分なー」



夜斗は主にバイクを使い、稀に妻の車を使う

何故バイクなのか?と問うた時には、「コスト削減」と答えていた



それから1時間ほど経過し、また夜斗から電話がかかってきた

運転したくないとのことで、村雨の運転で行くことが確定

瀬奈もちょうど準備を終えたため、エレベーターで下階に降りる



「よ。待たせたな、村雨」


「さして待っていない。珍しいな、夜斗が電話をかけてくるとは」



明日は雪か?と茶化す村雨

瀬奈は村雨の後ろで口元に手を当て笑っている



「抜かせ。こちとら暇すぎてやることねぇんだよ」


「嫁どしたん?逃げられた?」


「天音…俺のツレの幼馴染に誘拐された。夜まで帰ってこないだろうよ」


「ああそうなのか…。んじゃあ行こうぜ、どこ行くか知らんけど」


「瀬奈ちゃんはどこがいい?」


「私はー…焼肉ですね」



満面の笑みで答える瀬奈

夜斗は瀬奈がいるときだけ奢るとわかっているからこそ、冗談のつもりでいっているのだ

さすがにそこまでがめつい女ではない



「焼肉か。ありだな。よし村雨、店は任せる」


「叙○苑かなー」


「食い放題にしてくれせめて」



車に乗り込む

席はいつも決まっていて、夜斗と瀬奈が後ろに座る

前の席は村雨の荷物置きになるためだ



(こうして出かけるのも、あと何回あるのやら)


「村雨」


「なんだ?」


「余命宣告受けただろ」


「…!なんで知ってる…?」


「俺は俺で色々調べてみたんだ。そしてわかったことがある。紫電病と低出力症は、人為的に生まれる障害の1つだ」


「「…え?」」



村雨と瀬奈の声が重なる

夜斗は研究員ではない、ただの機械工だった

今では臨時講師として商業高校に勤めているが、それでも病気について調べる方法は少ないはずだ



「簡単に言えば、妊娠時にタバコを吸う…みたいな感じだ。細かいことを言うと、妊娠中肉体にかける負荷によってどちらになるかが決まる。例えば妊娠中、異常に運動したり電気風呂に入ったりすると脳の出力が高くなる。普通の人の70%から100%が紫電病患者の2%から5%になるから、その気になれば普通の6倍の力が出せる」


「…よく調べたな」


「逆に低出力症は、全く運動をしなかった場合に発生する。お前の親、確か妊娠中全く動かなかったよな」


「…ああ。父親が過保護で、家事も仕事もこなしながらなんでも用意してた…って聞いてる。トイレくらいしか運動がなかった…らしい」


「やはり仮説が正しそうだ。だとすれば、同時に発症しない理由も理解できる。ちなみに低出力症は脳の異常ではなく、肉体の異常だぞ」


「そらよく知ってるよ…」



実際体を動かしにくいと感じることは多い

それも、ちょっとダルいとかそういう次元ではなく、縛られているのともちょっと違う

鉄でできた鎧を着ているかのごとき動かしづらさを感じて、ため息をついたことさえある



「紫電病は治らない。何故なら、元からそういう造りだからだ」


「…まるで低出力症は治るみたいな言い方だな」


「厳密には治るわけじゃない。ちょっとマシになるとかそんなもんだろうな」



夜斗はそう言って、車の窓から外を眺めた

そろそろ品種によっては桜が咲く季節だ

つまり、葵の余命がわずかであることを示している



「…その方法は?」


「教える前に聞こう。今まで初恋を引き摺ってようやく叶えたお前が初恋の相手を失ったあと、生きる目的があるのか?やりたいことなどあるのか?」


「それは…」



そんな話をしていると、ようやく焼肉屋に到着した

ここは全国チェーン店で学生の味方と言われる安い食べ放題の店だ

そして中は防音個室。ただし監視カメラがついているのだが、音声は撮られていないためある程度接待などにも使えたりする



「続きは中で話そう。腹減った」


「あ、ああ」


「お兄ちゃん…夜斗さんって何者なの?医学に詳しかったっけ?」


「いや…あいつは、ただの機械工のはずだけど…」


「でも詳しすぎない?博士も知らなそうだよ、対処法」


「つまり、まともな対処法じゃないってことだろ…」



先を行く夜斗の背に目を向けながら、小声でそんな話を瀬奈とする

考えてもわからないことは考えない主義である村雨は、話を聞くほうが早いと歩を急いだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る