第9話
「
「ど、どうしたのお兄ちゃん?急に家に来るなんて…」
「悪いが泊めてくれ。話すと長くなる」
「いいけど…寝るとこないから添い寝だよ?」
「構わん」
「じゃあどーぞ」
事前連絡もなしに押しかけたというのに、妹の瀬奈は優しく村雨を迎え入れた
ここは一人暮らしの女性に安心が売り文句のマンションだ
セキュリティは最高峰、風呂トイレ別、南向きベランダ付き。ベランダには目隠しのための窓付きサンルーフが設置されている
「悪いな」
「いいっていいって。最後の家族だしね」
「……前前から話していたが、俺の病気に名前がついた」
「低出力症だっけ?お兄ちゃんちょっと前から体動きにくいって言ってたもんね」
「ああ。低出力症は本質的に紫電病に近く、寿命が短いらしい」
「…余命宣告でもされたの?」
「あと5年。マッドサイエンティスト曰く、たがな」
村雨は瀬奈に全てを語って聞かせた
生まれつき低出力症だったという可能性が高いこと。それにより元々定年まで生きられないこと
そして十年前から、さらに症状が悪化し寿命がより減ったこと
全てを静かに聞いていた瀬奈は、キッチンで紅茶を淹れて村雨の前に差し出した
「で、落ち着かなくて私に会いにきたの?」
「…まぁ、そういうことだ。葵の面会時間終わってるし、この心理状態で家まで帰れるかわからんし」
「ま、お兄ちゃんらしいよね。仕事はどうするの?余命宣告されたとか言ったら荒れるでしょ」
村雨の上司は、まだいい
先輩の中に、瀬奈を紹介するよう詰め寄ってきた者がいた
上司に気に入られていたため、嘘八丁で立場を悪くされたのもつい先月の話だ
「…それも、博士から提案を受けた。低出力症の研究のために助手にならないか、って。給料も今の倍出すし、ボーナスも出るらしい」
「いい条件じゃん。まぁあの人のことだしそれだけじゃないと思うけど」
瀬奈はボーナスを、一般的な会社にあるボーナスと勘違いした
実際は遺産のことだが、村雨はあえて勘違いさせるためにそういう言い方をしたのだ
「それだけじゃないって?」
「一緒にいたいんでしょ、多分。お兄ちゃんあの人に好かれてるし」
「あり得ん話じゃないが…。一応妻がいるしな」
「え!?」
ああこれは言ってなかった、と葵と結婚することになったと事後報告を済ませる
入籍は早くて月曜日に、現場へ行くついでに役所で書類を出すと
「結婚するの…?遺産目的だとか言われない?」
「まぁ、大丈夫だろ…。あいつ親に捨てられてるし」
葵は紫電病になったとき、縁を切られている
病院の費用は博士が、研究費用だといって出しているだけで、葵が払っているわけではないのだ
「ならいいけど…。知っての通り私には浮いた話ないんだよね」
「俺のツレでも紹介してやろうか」
「キャラ濃すぎて私薄くなるじゃん。なんなのあの人、ビル屋上から落ちて無傷とかトラックに跳ねられて捻挫だけとか。損傷逆でしょ普通」
「なんなら同級生に突き飛ばされて線路に落ちそうになった女子高生助けて自分が落ちて轢かれてるしな。骨折で終わってるけど」
「丈夫すぎない?おかしいでしょ」
「生命力分けてほしいくらいだ」
村雨は食事をとっていない。しかし今はそれどころではなかった
普通に接してくれる瀬奈に感謝しつつ、目を閉じる
「どうしたの?」
「いい妹を持ったな、と思っただけだ」
「お兄ちゃんの妹だから当然っしょ。私褒められて伸びるタイプだし?」
「関係あるのかそれは」
時間が過ぎ、村雨は風呂に入ることにした
もう沸いているということで、しばらくシャワーを浴びるに留めていた体にしばしの休息を与えることができたのだった
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