第7話
翌週土曜日。いつものように村雨は病室の前にいた
葵が気にしないというので、着替えを見て怒られることを覚悟して中に入る
「今日は着替え中じゃなかったな」
「残念でしたー。来る時間はなんとなくわかったから早めに着替えといたの」
「唯一の性的接触が…」
「ちょっと言い方に悪意あるかなぁ」
今更だがこの病室は個室だ
葵以外いない上、このフロアは元々紫電病のために作られたもので他に患者はいない
大抵空いているため、多少大声を出したとて怒られはしない
なにせナースステーションにすら人がいないのだから
「今日は少し雑談をしようと思ってな。ネタは少ないが」
「雑談?何を話すの?私ネタないよ?」
「世間話だな。テレビくらい見るだろ?」
「最近のテレビは声で操作できるからね、たまに見てるよ」
葵の枕元直上にはスマートスピーカーが設置されている
放電の影響が出ないように、可能な限り離した上で絶縁体に覆われていた
その絶縁体は音声を伝播する素材のため、なんの問題もなく使用できるのだ
「最近の話題といえば、まぁ政治か?」
「恋人と話すネタとしてどうなのそれ」
「さぁな。マトモな恋人は今までもこれからもお前だけだ」
「も、もう…!」
村雨は自分がクズだと自覚している
しかし初恋を引き摺っていたということは無自覚だった
自覚した以上、隠す気も必要もないと判断し、平気で思ったことを言う
そこに打算を挟む余地はなく、15年分の恋慕を語るのみ
「それはさておき、政治とは少し違うが…俺の絶縁体質に名前がついたな」
「なんだっけ?低出力症だっけ?」
「ああ。どうやら周知されているのは肉体の出力が異常に軽減するということだけらしい。が、俺もマッドサイエンティストも知らなかったことがわかった」
「どんなの?」
村雨は記憶を引っ張り出そうとして出てこず、ブックマークしておいたネットの記事を閲覧した
「人間の防衛本能が働き、体が動かない状況を脱しようとする…らしい」
「どゆこと?」
「つまり、低出力症は本来体を全く動かせなくなる病気らしいんだ。紫電病と同じで突然発症し、急に倒れる」
「え…?村雨倒れたことあるの?」
「ある。が、すぐに立て直した」
「今の話だとおかしくない?動かなくなるんでしょ?」
「ここが話のミソというか要所でな。急に動かなくなったときに、脳がほぼ反射的に出力を上げるんだ。つまり、生体電気の出力を膨大にする。そうすると、抵抗を挟んでも動けるようにはなる」
「には、ってことは副作用とかあるの?」
「研究資料によると、人間の脳は出力を2%か5%に制限してるのが普通らしい。けど低出力症だとそれを無理やり100%かそれ以上に持っていく。すると生体電気で筋肉やら神経やらが傷んで、徐々に呼吸もできなくなるらしい」
「え…?じゃあ、死ぬ…の?」
「最終的にはそうなる。けど、紫電病が体に与えるダメージに比べて圧倒的に損傷が遅いから、紫電病よりは長く生きるらしい」
「具体的には?」
「紫電病は発症して15年から20年。低出力症は発症から25年前後」
「あんま変わんないね」
小さく笑う葵
「ただこれに関しては研究が進んでいなさすぎる。紫電病はもう50年研究されてるけど、低出力症はまだ研究が始まったばかりだ。実は発症から10年なんじゃないか?とか色んな説がある。ちなみに俺は発症から10年経ってる」
「今死ぬこともあり得る…の?」
「それはないな。低出力症と紫電病の主な違いは、死に際の状態にある。具体的には、紫電病は出力が下がらず弾けるように死ぬが、低出力症は衰えて死ぬ。老化より早く衰えるだけってことだな」
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葵は少し泣きそうな顔をしていた
村雨は葵の頭を撫でてから抱きしめ笑う
「お前より後に死ぬことは確定してるんだ。それまでお前をこよなく愛することを誓おう」
「…うん」
だから、と言って村雨は手を離した
持ってきたカバンから小さい箱を取り出し差し出す
「結婚しよう」
「…スパン短くない?半年くらいしか経ってないよ」
「新婚の期間は長い方が良い、と思ってな」
「なにそれ」
笑う葵の目に涙。憂いではなく、喜びに類似する感情だ
村雨の手の上に乗った箱に目を向け、村雨の目を見る
「私は受けるよ。結婚する」
「よかった…ここでフラレたら壊れるところだった」
「相当頑張ったんだね気持ちの面で」
「当然だろ。最初で最後のプロポーズだぞ」
さすがの村雨も顔が赤い
表情も、笑顔を隠しきれていなかった
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