第5話

博士は心の傷が体に現れる体質だ

それを村雨も知っている。だからこそすぐに部屋を飛び出した



(あんたが俺を好いてるのは知ってる。が、あんたの覚悟を無駄にはしない)



村雨が葵に多少思い入れがあるのも見透かされていただろう

わかっていて背中を押したのだ

その覚悟に報いなければならない。そう胸に誓い、村雨は車のアクセルを踏み込んだ



病室へ到着した村雨は、ドアを開けて葵を見た



「え?」


「あ…すまん」



体を濡れタオルで拭き上げていた葵と目があい、すぐに目をそらす

と同時にドアを閉めて中から声がかかるまで待つことにした

そして数分後



「い、いいよ…?」


「失礼する」



今度はしっかり許しを得たため、躊躇いを捨てて中に入った

とはいえ元々躊躇いなんてなかったが



「み、見た?」


「2秒くらい見た」


「正直だね…」


「俺のいいところだな」



今度ははじめからパイプ椅子に座り、葵を見る

しばらく沈黙が続き、先に折れたのは葵だった



「どうしたの?」


「ん…別に、特に何もねぇけど見てたかっただけだ」


「そ、そう…じゃなくて!なんで2日連続できたの?ってこと!」


「暇だからな。それに、初恋を追うのは悪いことじゃないと俺は思っている」



表情1つ変えずに言う村雨と、言われてすぐに顔を赤らめる葵

村雨の場合、本心からの言葉で自分の表情が変わることはない



「そ、そういう恥ずかしいことは言わないの!」


「恥ずかしいとは思ってないから言うんだ、俺は。とはいえまともな恋愛はしたことがないけど」


「そうなの?教えてよ、むーくんの恋路を」



村雨は多少渋りながらも、過去を話す

浮気されたことや、そもそも告白自体が罰ゲームだったという話。さらには、かつて殺されかかったこと

ただ、その時村雨に使われた罠は電気罠だったため、何事もなく生き延びていた



「…酷いね」


「そうか?もはや慣れたな。というより、俺が相手に飽きられる理由もわかった」


「そうなの?」


「ああ。おそらくは、初恋を引き摺っていたからだ。確かに告白されたから付き合うというのを繰り返したが、心から好きだったか?と問われると否としか答えられない。わからないわけじゃない、純粋に表面上の好きでしかいられなかった」


「だから、向こうが好かれてないと思って離れてくってこと?」


「多分な。実際好かれてる気がしないと言われたことが何度もある。何度もとはいっても5回程度だが。浮気されたのは7回だ」


「え、むーくんはモテるの?」


「さてな。ネット上ならいくらでも取り繕える、というだけだ。ネット外で恋人ができたのは1回目だけで、それも告白されたからだったし」


「ふーん…。妬けるねぇ」


「他の女はお前に嫉妬してたかもしれないな。引き摺っていた初恋がお前なんだから」



葵はまた顔を赤くした。すぐ顔に出るため、村雨的にはありがたい

周りにいる友人はほぼ表面を取り繕うことに長けた者ばかり

唯一その内側を把握できる者に至っては常に笑っていたため、最初はさしもの村雨も「なんだこいつ」と思ったほどだ



「ま、まだ私を好き…なの?」


「多分…いや、確実にそうだ。望むなら何なりとする覚悟がある」


「ふーん…やったね」



小さな声で呟いた葵。村雨は絶縁体質のせいか耳も悪いため、その声は聞こえなかった

が、その弱点を補うための技術「読唇術」により解するのは容易い



「そんなに喜ばしいことなのか?」


「へ?き、聞こえてた!?」


「いや聞こえはしてないが、口の動きでわかっただけだ。親しい者であれば、手や目線の動きだけでも感情を読める」


「メンタリズム的なこと?」


「ただの観察眼だ。さて、こういったことは男から言うのが筋というものだろう」



村雨は葵の前に仁王立ちした

さながら逃げ道を塞ぐかのように



「結婚を前提に、俺の人生に付き合う気はないか?」


「……ぷっ、言い方がキザっぽい!」


「ふむ…?わりと傷つくな」


「ご、ごめんね!?」



村雨は膝をついて葵に手を差し出した

自分が葵に触れても問題ないとわかっているからこその行動だ

葵はその手に自身のそれを重ねて答える



「はい。よろしくお願いします」


「……よっしゃ」


「むーくんは感情隠すの下手だよね…。私もだけど」



村雨は小さくガッツポーズした。が、葵から見える角度だったため指摘され、握った拳が右往左往して膝に乗せられた



「でも私余命一年だよ?しかも病院から出れないし…。むーくんがやりたいことやったほうがいいんじゃない?」


「ああ、だから俺はここにきた」


「も、もう…。ほんっと唐突なんだから」



ここまででちょうど面会時間が終了を迎え、看護師が村雨に帰宅を促した

大人しく帰り支度を始める村雨に、ベッドから降りた葵が目を向ける

腕輪の許容力を超えて迸る紫電が村雨に触れる…ことはなく、ベッドの金属製手すりを通して地面に流れていく



「どうした?」


「もしむーくんが死んだらごめんね」



葵は無理やり村雨を引き寄せて抱きしめ、キスをした

離れることなく約5分ほど経過し、様子を見に来た看護師が悲鳴に近い声をあげる

それもそうだ。他者が触れれば死ぬのが紫電病

事情を知らぬものが見れば殺人現場にも等しい



「…待ってるから」


「ああ。行ってくる」


「いってらっしゃい」



オロオロする看護師の横を素通りしてドアを閉める

村雨はまた拳を握りしめ、天井へと突き上げた



(…叶うものだな、初恋というものも。しばしの幸せに興ずるのもよかろう。最初で最後の恋だしな)



そう考えて拳を降ろし、病院の廊下をゆっくりと歩く

そして駐車場まで行き、葵が居る病棟の7階に目を向ける



(さすがにいないか)



そうして目線を外そうとしたそのとき、1つのカーテンがバッと開かれた

中から葵が顔を出し、村雨に向けて大きく手を降っている



(あんま動くと病院の電気系統死ぬんじゃねぇか?わからんが)



村雨も窓から体を出して手を振り返し、車を発進させた

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